常夜燈索引

                

   西紀のスキャンダル 
   (世界戦略情報「みち」平成19年(2667)7月1日第253号) 

▼去る六月六日、英BBC放送は英国最大の航空宇宙企業であるBAEシステムが、過去二二年間にわたって二〇億ドル(邦貨約二千七百億円)を超える賄賂をサウジアラビア王国国家安全保障会議事務局長で、二〇年以上もの間駐米大使を務めたバンダル王子に送っていた、と報じた。
 さらに六月一一日、英国パノラマ・テレビは「Princes,Planes,Pay-offs」(王子たち、航空機、賄賂)と題する一時間番組で、一九八五年から二二年続いた八〇〇億ドルにのぼるサウジアラビア空軍の「アル・ヤママ」(鳩)計画を過去一〇年調査した英国ガーディアン紙、BBC、英重犯罪捜査庁の動きについて詳しく伝えた。
 サッチャー政権からブレア前政権まで、歴代英国政権が関わっていたこの事件は、昨年一二月「国家安全保障上の懸念」からゴールドスミス英大法官が重犯罪捜査庁の捜査を中止させ、一件落着したかに思われていた。
 ところがゴールドスミス英大法官の「捜査中止」宣言が逆に関係各国に波紋を投げかけ、スイス政府、OECD、そしてアメリカ司法省が調査を開始した。米司法省は資金洗浄と海外汚職行為法違反の容疑で英国とサウジの関係者を取り調べる予定だという。
 米当局はバンダル王子の資金をワシントンのリッグス銀行(二〇〇五年PNC銀行が吸収合併)が預かっていたことに注目している。同銀行はチリのピノチェット大統領の隠し財産や、赤道ギニアの長年の支配者だったムバソゴ・ファミリーの資産を預かるなど広い意味でのイラン・コントラ、BCCIスキャンダルに関わる銀行として知られていた。
▼一九八五年、イラン・イラク戦争の最中、サウジアラビア政府は自国への飛び火をおそれ、最新戦闘機の購入を計画、当時の米レーガン政権にF15戦闘機の売却を求めた。サウジ政府の武器購入には米議会の承認と強力な圧力団体AIPAC(アメリカ・イスラエル公共問題委員会)の了解が必要だった。また米情報機関の一部からサウジに最新兵器を与えるのは中東を不安定化させるという反対の声も上がっていた。
 結局米議会や圧力団体の反対でサウジへのF15売却話は潰れた。その直後、駐米サウジアラビア大使バンダル王子はロンドンに飛び、サッチャー英首相と会談、英国からの戦闘機購入交渉を開始した。英国では武器の輸出に議会の承認は不要であった。BAEシステムは、一九六六年に作られた英国防輸出庁をサッチャー政権が一九八一年に民営化した国策企業である。一九八五年四月サッチャー首相はファハド・サウジ国王と会談、八月にBAEシステムが製造するトルネード四八機とホーク三〇機購入契約を取り付けた。「アル・ヤママ」計画が動き出したのだ。
▼バンダル王子は一六歳のとき、当時サウジアラビアの国防大臣だった父スルタン王子により英国空軍大学クレンウェルに送られる。英国のエリート・パイロット養成所である。留学中、バンダル王子は英対外情報機関MI6にリクルートされた、と米情報機関では分析しているといわれている。
 クレンウェルで同級生だった友人ウィリアム・シンプソンが書いた公式伝記『プリンス──世界で最も興味深い王族の秘密の生涯』(二〇〇六年ハーパーコリンズ刊)は、バンダル王子がダウニング街一〇番地で木戸御免だった、サッチャーでも、メイジャーでも、ブレアでも、一〇番地の主人が誰であれ、常に好きなときに出入りできた、と英国首脳との親密ぶりを描いている。
▼「アル・ヤママ」計画はバーター取引(物々交換)で、サウジ産石油と英国製戦闘機(とそれに付随するに様々なサービス)の物々交換だった。
 サウジ政府は毎日六〇万バーレルのタンカー一隻を英国政府エージェントであるBPとロイヤル・ダッチ・シェルが指定する場所に送る。その対価として戦闘機やサービスを受け取った。世界の石油販売の統計にこの闇取引は合算されていない。
 BAEシステムがサウジ政府に輸出した過去二二年間の戦闘機の売上合計は八〇〇億ドル、サウジから送った石油代金の合計は一、六〇〇億ドルで、八〇〇億ドルの差額が発生している。
 この差額が英シティーが専門とする英領のケイマン島、マン島、ジブラルタルなどタックス・ヘブンで管理運用され、冷戦時代はアフガニスタンでの対ソ戦、チリ・ピノチェット政権擁護工作など英米の諜報・情報工作の秘密資金として活用されたとされている。
▼天皇皇后両陛下は五月二一日から三〇日まで反露闘争に荒れるバルト三国と英国などをご訪問。六月一日に、カムチャッカ半島東方のコマンドル諸島付近で日本人乗組員一七人が乗った「第88豊進丸」がロシア国境警備隊に拿捕。五月二五日『英国機密ファイルの昭和天皇』発刊。近年、英国ケンブリッジ大学出身で「GHQと戦った男」と称される白洲次郎に関する書籍と、共産ロシア・ソビエトとの国交正常化を推進し、スターリンとたびたび会談した後藤新平に関する書籍が大量に発刊される。世紀のスキャンダルは形を変えた英露の暗闘であり、わが国はその帰趨を迫られている。(青不動)