常夜燈索引

               

     ドル本位制の謎 
     (世界戦略情報「みち」平成19年(2667)7月15日第254号) 

▼「ユーロダラー」という経済用語がある。米国以外にある銀行に預けられている米ドルの総称で、ヨーロッパにおいて貸借されるドルということからこの名がつけられた。
 一九五六年末、東西冷戦が最高潮に達していた最中、ソ連や東欧共産圏諸国の中央銀行や外国貿易銀行は、保有していたドル建て資産を、米国によるドル資産の差し押さえや封鎖に備えて米国からヨーロッパの商業銀行に移動させたたが、これがユーロダラーの起源といわれている。
 第二次大戦で疲弊した欧州の復興のため、一九四〇~五〇年代初めにマーシャル・プランによってドルの援助・贈与が行なわれた。一九五〇年代半ば以降七〇年代までは米国企業の多国籍化に伴い対外直接投資、証券投資が拡大した。米国からの巨額の資本流出がドル不安を招き、ついには一九七一年、ニクソン米大統領はドル防衛のため「金ドル交換停止」宣言を行なうほどであった。
 今日ではユーロダラーといっても、ヨーロッパにあるドルという元の意味を超えて、米国の外の世界にあるドルの呼称となっている。
 米国は八〇年代以降、金(きん)の裏づけのないドルで世界から物を買いつづけて巨額の貿易赤字を現在まで積み上げている。
▼米国の経常赤字は年間に八〇〇〇億ドル、GDP比で七%と天文学的数字に達し、毎日二〇億ドル以上の資本流入が必要とされている。米国は歴史上未曾有の赤字大国なのである。貯蓄率はマイナスで、借金によって過剰消費を続けている。米国の外のドル、ユーロダラーも増殖の一途を辿っている。
 こうしたドルの垂れ流しはいつか限界がきて、極端な不均衡の調整がおきる。その結果、ドル下落が始まり、ドル不安から外国人は米国への金融資産投資を激減させ、他の通貨へのシフトが進み、それが米国の実質金利を急上昇させ、米国内の消費と住宅投資が抑制され、米国経済はリセッションに陥る。
 このように米国経済は深刻な危機に直面するといわれてきた。それは七〇年代から四〇年近く多くの経済学者によって唱えられてきた危機シナリオである。まっとうで、常識的な、誰もが納得する米国経済の分析だった。
 ところが現実は一九八五年のプラザ合意など、たびたびドル価値の調整は行なわれたものの、ドルの垂れ流しや米国の赤字大国化が原因で、米国経済が危機に陥ることはなかった。
 米国を中心とした多国籍企業、グローバル企業は成長を続け、企業ベースでいえば世界経済は歴史上まれに見る好況期に入っており、主要国の企業は空前の利益を上げている。日米欧では低金利が続き、事実上の完全雇用が達成され、原油高・資源高にもかかわらずインフレにならず、金余りと言われるほど流動性は潤沢である。
 好都合な非常識が世界経済に起こっている。これまでの経済学の常識が全く通用しない時代なのである。
▼今から見ると、マーシャル・プランから始まるドルの垂れ流し、ドル散布がドル基軸通貨化への基礎工事であったといえよう。ドル散布は、外国に対する米国債務の増大であり、諸外国はこの対米請求権を支払い準備資金として、対外貿易・取引を拡大してきた。つまり、ドルの無制限の散布が、世界経済拡大の原動力であり、世界に対する潤沢な通貨供給だったということができる。米国による通貨供給が、海外での未稼働資源、未稼働労働力を活性化して経済的に有効な資源に転換させ、世界経済の潜在成長率を高めたと考えられる。その端的な例が、中国であり、インドである。
 中央銀行が貨幣を発行する行為は、本来は借用書である紙幣を発行するのだから債務を負う借金であるが、信用の供与・成長通貨の供給と転倒して捉えられるように、米国の債務も債務ではなく信用供給であると見る方がドル垂れ流しの真の意味を把握することができる。金との兌換性から自由になったドル紙幣は、これを使う人々の信認さえ揺るがなければ幾らでも発行できる信用供与といえよう。
▼東西冷戦終結後、従来資本主義世界の辺境だった中国、インド、東欧、アフリカ諸国が世界市場に統合されつつある。ローマ帝国の富の形成は、辺境の拡大による極度の労働力の不等価交換に依るもので、ローマ市民は辺境から一〇分の一、一〇〇分の一の価格で商品・役務を調達し、その差額はコストゼロの所得となった。現在の中国やインドの世界資本市場への参入は、労働力の不等価交換による利益を先進国にもたらしており、それはローマ帝国の経済的繁栄と類似している。
 これら辺境の膨大な労働力と資源を汲み上げることができる唯一の対価はドルである。このカラクリは統計上には反映されず、米国の多国籍企業は巨額の黒字を積み上げ、米国国家は実は黒字大国の可能性が高い。
 世界中に撒かれた紙切れでしかないドルへの信認は、ひっくり返せば生態系原理に基づく世界貨幣に転換させうる可能性を秘めているといえる。(青不動)