常夜燈索引

                 

  ファンド資本主義の誕生と終焉 下 
        (世界戦略情報「みち」平成19年(2667)10月1日第258号) 

▼ファンドとは株式や債券等への投資(伝統的投資)ではなく、非公開株式、商品、不動産、金融派生商品等への投資、およびこれらに投資するファンド(ヘッジ・ファンドなど)への投資で、場合によっては年率数十%から数百%もの高いリターンをもたらすため世界の公的年金、企業年金、保険、富裕層などが競って資金を投入してきた。
 米国のA・W・ジョーンズが一九四九年に始めたリスク回避型投資システムがヘッジファンドの起源といわれる。ロング(買い持ち)とショート(空売り)のポジションを均衡させ市場の変動リスクを中立化し、利益の源泉を別のところに限定した手法がヘッジファンドの原型である。ウォーレン・バフェットやバートン・ビッグス、ジョージ・ソロスなど著名投資家の手法は現在でも基本的にはジョーンズのシステムに基づいている。
 このジョーンズの手法は一九六六年までなぜか世界に広く知られることなく、ごく少数の投資家のみが自家薬籠中のものとしていた。ジャーナリストから投資家に転向したジョーンズは、投資を行なっていた三四年間の内、損を出したのはわずか三年だけだったという優秀な実戦家でもあった。
▼法的規制や政府の監督などあらゆる制約から自由に、国境を越えて、金融工学の粋を尽くして投資活動を行なうところにファンド運用の妙があったが、今年になって米国の巨大ファンドに異変が起きた。
 運用資産一〇兆円超のプライベート・エクイティ・ファンド最大手ブラックストーンが六月に株式を公開した。公的規制から自由であることで、様々な投資手法が可能だったファンドが、自ら当局の監督下に入る株式上場という選択をしたことは前例がない。資金調達の多様化を図るため、という上場理由は皮相に過ぎる。
 明らかに冷戦崩壊後ここ十数年世界を席巻したファンド資本主義の潮目が変わったのだ。ブラックストーンの上場直前、世界最大の外貨準備を誇る北京政府の運営する国営ファンド「中国投資」が三〇億ドルを同社に投資したのもファンドのあり方の変化の兆しである。ブラックストーンの上場以降、カーライルやKKR等の著名ファンドが上場を準備している。
▼「中国投資」を筆頭にSWF(ソブリン・ウェルス・ファンド)と呼ばれる国家ファンドがプライベート・エクイティ・ファンドに代わって世界経済での存在感を高めている。
 SWFとは外貨準備や年金、石油収入などで蓄積された政府資金を元手に、債券や株式などの外国資産に投資する運用・マネジメント機関であり、総額二兆五千万ドルといわれる。SWFの主なところを大きい順に挙げると、

アビダビ投資庁 ……………… 八七五〇億ドル
シンガポール政府投資庁 …… 三三〇〇億ドル
サウジアラビア政府各種ファンド 三〇〇〇億ドル
ノルウェー政府年金基金 ……  三〇〇〇億ドル
中国投資 ……………………  三〇〇〇億ドル
クウェート投資庁 …………     七〇〇億ドル
ロシア安定化基金 …………     三二〇億ドル

などで、主として石油収入や輸出外貨収入で組成された国富ファンドは、その資産の巨大さと秘密性で今後大きな影響力を持つことは必至だろう。
 二〇〇三年米ゴールドマンサックスが発表した「BRICsレポート」で、中国、インド、ブラジル、ロシアなど新興市場の成長性と潜在力が注目され、それらの株式市場は空前の高騰を謳歌し、先進各国からの投資も増加した。その果実が先に記した国富ファンドとして積み上がった政府資産である。
 米国経済が住宅バブル崩壊、サブプライム問題の噴出を契機にもはやこれ以上の右肩上がりの成長が見込めなくなった主要な原因は、実はBRICs新興市場が真の市場になる前に高転びに転ぶ可能性が出てきたからである。
 いわゆる市場経済とは、上下水道、電力、鉄道、道路、冷蔵設備などの基礎的インフラが整備され、これに新聞、テレビ、電話、インターネットなどの情報インフラが加わってはじめて国民が衣食住を消費する土台=市場が形成される中から生まれる。急速に発展する中国、インド、ロシアでは、旧社会主義時代のインフラの修復、整備にまだ膨大な資金と時間がかかる。新興市場にインフラ整備のための膨大な資金が入り始めるときが、真に世界経済の成長エンジンにガソリンが注がれるときだ。現在のBRICsへの投資は短期の投機資金の流入でしかない。
▼中国や産油国のSWFは欧米のファンドと同様、より高いリターンを求めて先進諸国の株式、債券、証券化商品、そしてファンド・オブ・ファンズなどに投資している。だが、ロシア政府は国内の老朽化した電力、道路、工場設備などインフラ整備に政府ファンドを優先投資するとしている。プーチン露大統領は国際金融界の海千山千のギャンブラーの怖さを熟知し、リターンの少ない国内インフラへの長期投資で経済体質を強化する道を選んだのである。
 SWFの華やかな登場は、サブプライム問題で躓いた欧米ファンドが、中国や湾岸産油国の貯め込んだ国富をすべて国際マネーカジノで吐き出させるための演出であるのかもしれない。(青不動)