常夜燈索引

                 

  「エノキアン協会」の老舗赤福 
      (世界戦略情報「みち」平成19年(2667)11月1日第260号) 

▼「エノキアン協会」というごく限られた企業だけが加入することができる国際組織がある。これに入会するには、

(一)創業二百年以上の歴史を有すること
(二)創立者が明確で、その同族者が現在でも経営権を持っていること
(三)経営状態が良好であること

という三条件を満たす必要がある。
 同会は、一九八一年(昭和五六年)、アニゼット(アニス酒)で名高いフランスの老舗リキュールメーカー、マリー・ブリザール社の提唱により設立された。会の目的には、長い歴史を生き抜き、守り育ててきたその企業固有の伝統や技術、そして同族の協力を大切にし、同時に若い職人的技術力をもつ企業と連携すること、などが謳われている。
 ワイン、ガラス、宝石などを生産・加工するヨーロッパの伝統企業が中心会員で、イタリア一五社、フランス一〇社、ドイツ四社、日本四社、スイス二社、オランダ、スペイン、北アイルランド、ベルギー各一社で、九ヶ国計三九社が加盟している。
「エノキアン協会」の創立当初、世界中から一七四社が入会を申し込んだが、三条件を厳密に満たしたのはわずか一五社にすぎなかったという。
 エノキアン(Les Hénokiens)とは、旧約聖書に記されたエノク(Henok)という人物に由来する。エノクとは箱船で知られるノアの曾祖父で、世界最初の都市の名前にされている。六五歳でメトシェラをもうけ、三六五年生きたあと、「エノクは神と共にあゆみ、神が連れて行ったのでいなくなった」(旧約聖書五章二四節)という。非常に長命で、多くの子どもたちを残し、神と共に栄えて、初めての都市の名前に彼の名前が与えられたことなどから、これにあやかる意味で世界の老舗企業の国際組織の名前になったのだろう。
▼「エノキアン協会」に加入を許されたわが国の老舗企業は次の四社である。

石川県小松市の粟津温泉「法師」。養老二年(七一八)創業で約一三〇〇年と世界で最も歴史ある温泉旅館としてギネスブックに登録されている。
京都伏見の銘酒「月桂冠」。創業は嘉永一四年(一六三七)で、三七〇年の歴史を誇る。
名古屋の刃物商「笹屋」を前身とする「岡谷鋼機」。その創業は寛文九年(一六六九)である。
最後の一社がお伊勢さんの門前町で三百年続く定番「赤福餅」を製造販売する老舗「赤福」である。同社は現在売れ残り商品の再包装などの「不正問題」で苦境に陥っている。

「赤福」の経営者は伊勢神宮への尊崇篤く、内宮の門前町「おはらい町」の振興に力を注いでいたという。前回、平成五年の式年遷宮の際は同社単独で一四〇億円を投じて、お伊勢さんの「おかげ」で商売をさせていただいているという感謝の気持を表わすため「おかげ横丁」という街を「おはら町」の中程につくった。
 約二七〇〇坪の敷地内には江戸から明治にかけての伊勢路の代表的な建築物が移築・再現されている。伊勢人が「神様のお住まいと同じ平入りでは恐れ多い」と妻の部分に玄関を設けた「妻入り」と、雨風の強い伊勢ならではの外壁の仕上げ「きざみ囲い」など独特な建築様式を見ることができる。建築材には、トガ(栂)材が使われている。伊勢の老舗の味、名産品、歴史、風習、人情を味わうことのできる風情のある街である。
▼一昔前は、餅に青黴が浮いていても、その部分を切り取ったり、焼いたりして食べるものだった。餡も一種の保存食として、長期間食べることが可能だったという。
 現在、消費期限、賞味期限、製造年月日など、食品衛生法などの縛りによって本来食べられるものでも廃棄したり、ヤミに捨値で放出されたり、国民経済的な無駄が結果として引き起こされている。
 三百年前から続いている作り方や食べ方が、数十年前に定められた役人の机上の論理で断罪されるのは、当事者であれば納得できないことだろう。逆に言えば、衛生法に定めがなければ、どんな作り方をしても許されるということになる。
▼「憲法に殊に大権を掲げて之を条章に明記するは、憲法に依て新設の義を表すに非ずして、固有の國体は憲法に由て益々鞏固なることを示すなり」と伊藤博文は『大日本帝国憲法義解』で、なぜ憲法第一章に天皇を置いたのかを解説している。日本の天皇は憲法によって新設されたのではなく、固有の国体は祖宗から承けたものであり、これを憲法の条章に入れることでより強固にするためである、というのがその趣旨だ。
 話は飛躍したが、何百年も何千年も習俗として、習慣として、定着しているものが、新設の憲法や法で跡形もなく破壊されることがある。天皇条項を廃止する憲法改正も可能だからだ。
▼江戸時代、当時の人口の五分の一にあたる人々が、伊勢へ押し寄せたという。満足な宿泊施設もないなかで、伊勢の人々は、日々あることを神に感謝する「神恩感謝」の精神でお伊勢参りの人々を歓待した。平成の世になっても、人の気持ちに変わりはないはずである。(青不動)