常夜燈索引

                    

  「国家戦略」とは何か 
 (世界戦略情報「みち」平成19年(2667)12月1日第262号) 

▼ドイツの「国民社会主義」いわゆるナチズムの政治路線について、その著書『ヒトラー・国防軍・産業界』の中で、G・W・F・ハルガルデンは次のように指摘している。

 影響力の大きい企業家団体によって防音装置付会議室で秘密裡に確定されたものである。その企業家団体の最も独占的かつ最重要な存在はいわゆるルールの金庫であって、工業界の船長たちは、かかる政治的路線を意識的に支援し、時代の嵐をつき、彼らに任された巨大な船を鉄の如き冷静さをもって操縦した。しかもその際、彼らは純粋に経営技術という点からみても驚嘆に値するほどの熟練ぶりを発揮した。

 第一次大戦に負け、ベルサイユ条約を強要されて瀕死状態となったドイツが、国家再興を賭け陸軍参謀本部、ルール財界、保守系学者らの総力を挙げてつくりあげたイデオロギー・国家戦略が国民社会主義だったのだ。
 ヨーロッパに荒れ狂うボルシェヴィズムの中、資本主義でも共産主義でもない「国民社会主義」とその世界観は、ドイツ国民の心を捉え、ナチ党は結党わずか一二年で政権を獲得した。
▼ナチズムに典型的にみられるように、ある世界観に基づく国家戦略は財界・参謀本部・情報機関などが人的・物的資源を結集して構築するものであり、大国といわれる国々の軍・情報機関・財界はそのため日々しのぎを削っている。
 ロシアのプーチン大統領が提唱する「主権民主制」も、ソビエト連邦崩壊前から情報治安機関KGB(国家保安委員会)の一部最高幹部が社会主義体制消滅を前提に、その後の国家再興戦略をそのもてる頭脳を総動員してつくりあげたロシア型民主制イデオロギーであり、経済社会体制からいえば一種の国家社会主義体制といえる。
▼一九三六年一一月に成立した日独防共協定の目的は、ソ連を中心とするコミンテルン牽制だったが、一九三九年八月の独ソ不可侵条約締結で独ソの和解が成立、一九四〇年九月に日独伊は三国同盟を結んだ。これは当時ドイツと提携関係にあったソ連をも含む日ソ独伊四カ国連合構想への発展を睨んだ三国同盟であり、日本外相の松岡洋右は対米英を牽制するためにソ連との同盟締結に積極的で、一九四一年四月、日ソ中立条約に調印した。ただその前年一九四〇年一二月、ヒトラーは対ソ戦「バルバロッサ作戦」指令を発令しており、すでに四カ国連合構想は死に体であった。
 当時のドイツにはリッペントロップ外相が主唱する独ソ提携論、すなわちユーラシア生存圈構想と、ゲーリング空軍総司令官を中心とする独英連携派の二つの外交路線が混在し、ヒトラーが両輪を制御していたが、最終的に対ソ戦を決意し、反共を大義に最後まで英国との和解を模索したのはルドルフ・ヘス副総統が対英交渉のために単独飛行した事実からしても明らかだ。
▼松岡外相はスターリンとの会談の際、わが国には古来道徳的共産主義があり、アングロサクソン的資本主義の影響をアジアから一掃しよう、と持ちかけている。当時日ソ独伊はいずれも国家社会主義(資本主義)体制を標榜、英米型資本主義体制とは相容れないという共通認識のあったことが窺える。
 スターリンは一九四〇年一一月に日ソ独伊四カ国条約案に条件付で加入するという回答案をヒトラーに提出したが、フィンランドなどに関するソ連側の条件をめぐって紛糾、ドイツ側は応ぜず、四ヶ国条約は幻に終わった。いずれにせよ、スターリンが一度は独ソ連携を軸にしたユーラシア主義に軸足を置こうとしたことは歴史的事実である。
▼プーチン大統領が国内外の重要演説の際しばしば尊敬を以て言及する外国元首がいる。フランクリン・D・ルーズヴェルト米大統領である。二〇〇六年の年頭教書をはじめ、二〇〇七年二月に独ミュンヘンで行なわれた安全保障に関する国際会議でもルーズヴェルトを賞賛している。
 二月八日のルーズヴェルト生誕一二五年記念日には、政府系のモスクワ国際関係研究所が大規模な追悼イベントを主催した。その際に演説したプーチン側近のサルコフ大統領府副長官は、ルーズヴェルトの社会主義的なニューディール政策とプーチンの「主権民主制」との相似性を強調し、国民の支持によって憲法規定を超えて四選されたルーズヴェルトを称えた。
 近現代において最も米露関係が良好だったのはスターリン・ルーズヴェルト時代である。ルーズヴェルトはチャーチル英首相よりもスターリンに親しんだ。ルーズヴェルトが英国型の植民地主義を嫌って、対英武器貸与の見返りとして大西洋沿岸の英権益を獲得していたのもスターリンはよく知っていた。
▼プーチンはドイツとエネルギー連携関係を固めつつも、対米関係を決定的に悪化させないよう細心の注意を払っている。一面的なユーラシア主義の危険性を歴史に学んでいるからである。ユーラシア主義と大西洋主義とが均衡する所にロシアの生存があり、これを妨害する英国こそが主敵だ、と考えるプーチンの戦略が見てとれる。
 歴史も戦略も放棄してしまったかの如きわが国には、プーチンに学ぶところ大なるものがあるのではないか。
(青不動)