常夜燈索引

                 

  マネーの本質は「狸の札」 
    (世界戦略情報「みち」平成20年(2668)1月15日第264号) 

▼命を助けてもらったお礼に、狸が人に恩返しする、という落語がある。誂えた着物の代金五円が払えず、思案していたところに、きのう助けてやった子狸がやってくる。狸は五円札に化けるからそれを使ってください、と言う。

「どうも、親方こんにちは」
「おお、おう。呉服屋じゃねぇか。入ってくれ、入ってくれ。お前が来るの待ってたんだよ。うん、もうねぇ、札が出来たてだから」
「出来たて?」
「えぇ、えぇ、勘定いくらだ?」
「四円三十銭になっております」
「おお、おお。そうか、そうか。うん、えー、ここに五円札があるからな、釣はお前にくれてやるからさ、こっちが頭なんだ。これね、はいはいはい。これ、あの、ほら、逆さにするとね、血が下がって可哀想だから、こうやって持って、こうやって。はい、どうぞ」
「あ?変な手つきですね。ありがとうございま…わ、ピン札ですか。こりゃねぇ、手の切れるようなお札ですね」
「や、手は切れねぇぞ。食いつくぞ」
「何すか?食いつくってのは?…あ、あぁ、そうですか。ありがとうございます。じゃ、頂いて…」
「あ、おいおいおい、畳むな、それ。駄目駄目、痛い痛い、お腹が。小便がでるぞ」
「小便?」
「いいからよ。その、平らにして、平たにして、可愛がって、懐突っ込んで、労わって連れてけよ。えぇ、ありがとよー。たまには餌やってな~。…はっはー、行っちゃった、良かったねぇ、こりゃ、どうもね、金払ってすっきりしゃったもんな。…あ、狸が心配だな。アイツ連れて行かれちゃって大丈夫かな?」
「親方、ただいま!」
「おーい、どうしたよ。お前、心配して」
「いけませんよ、親方。もうねぇ、あいつ表へ出てね、あれ本当に五円札かしらなんて、信じてないんですよ。太陽に透かして眩しいのなんのって。四つに重ねて小さながま口にパチン。あたしねぇ、苦しくなって小便やっちゃった」
「しちゃったのか」
「えぇ、もういられませんから、バリバリ、横っ腹食い破って逃げてきまして、ひょいと脇を見ましたらね、一円札が二枚ばかりありましたんで、お土産に咥えてきました。」
「おーい、札が札持ってきちゃいけねぇ」

「狸の札」という落語である。
▼米低所得者向け高金利住宅ローン、いわゆるサブプライムローン問題を発端に、資金に窮した米シティグループがアラブ首長国連邦のアブダビ投資庁から七五億ドル、スイスUBSがシンガポール政府投資公社から一一五億ドル、モルガン・スタンレーが中国投資公司から五〇億ドルなど巨額の出資を受けて、急場を凌いでいる。現在SWFとよばれる政府系投資ファンドの運用規模は二兆ドル(約二二〇兆円)を超え、米証券取引委員会の予測では二〇一五年には運用規模は一〇兆ドル(一一〇〇兆円)に膨らむという。
 一方で利子が払えず、抵当流れとなった数十兆円もの不良債権、一方でこれを上回るバブル化した原油や地下資源の代金が積み上がったSWFの山。
 ドルもユーロもゴールドなどの裏づけのない、「信用」だけを基礎としたペーパーマネーである。もっとも、マネーの本質は「信用」であり、現在の世界通貨であるドルやユーロのあり方は、マネー本来の姿といえよう。
 サブプライム問題発生を契機に、世界は金や資源を裏づけとしたマネーの導入に向かうのか、それともペーパーマネーを真の国際通貨に転化する方向に向かうのかの岐路に立たされている。
 一見、貴金属に裏打ちされたマネーこそ信用が強化されると思われるが、それは世界経済の縮小的均衡であり、アル・ゴア流の環境保護と資源の有限性から人口削減=第三世界抹殺論へと行き着くロジックである。
 狸のお札が立派に通用する世の中こそ、皇道ペーパーマネーの時代であり、現在進行中の世界通貨ドルの崩落局面をいかに世界マネー維新に転化させるかが日本の文明史的役割である。
▼在野の科学経済学者福原肇氏は世界経済の隘路をこう説明する。
 近代世界経済は常に大量の生産力を持ちながら、これを消費・購買する大市場に欠け、そのため数次の世界戦争で市場の争奪戦が繰り広げられてきたが、この大生産力に釣り合う大購買力を創造する理論や智恵が学者にも政治家にも生まれなかったことが最大の問題である、と。
 大購買力を創出するには通貨・紙幣を国民に無償でばらまけば好いのだ。毎月自動的に人類全体に一定額が振り込まれてくる「人類月給制」が実現すれば、購買力は無限に生まれ、同時に生産力も無限に湧き出してくる。われわれが毎朝拝む太陽のエネルギーは無限・無償であり、太陽系の人類に有限や縮小はない。マネー世界維新を通じて地球有限論や人口削減論を超克し、永い人類の歴史上で画期となるような年にしたいものである。
(青不動)