常夜燈索引

                

  プーチンの静かなる戦い 
   (世界戦略情報「みち」平成20年(2668)3月1日第267号) 

▼イスラエルの日刊紙「ハーレツ」は「プーチンの後継者がユダヤ人であるという噂にユダヤ人コミュニティーが懸念している」と二月二二日に報じた。
 ロシアのユダヤ人指導者たちはこの噂に正式な声明を発表していないが、そのうちの一人は「真実でないことを祈っている。彼にとってもわれわれにとっても、それは問題を引き起こすだけだからだ」と述べている。
 三月のロシア大統領選挙で当選が確実視されるメドヴェージェフ第一副首相は、二三歳の時にロシア正教の洗礼を受けている。ところが、その母方の祖父の名がベンヤミン(ベンジャミン)であり、これはユダヤ系の名前と普通考えられているという。メドヴェージェフ=熊も、ユダヤ人の姓といわれる。 メドヴェージェフは昨年一二月、ハヌーカ祭りの間、モスクワのユダヤ人センターを訪問、ハヌーカ・キャンドルやトーラーを背景にしてテレビに映し出された。プーチン大統領が彼を後継者に指名する三日前のことである。
 ユダヤ人指導者たちは、ロシアの民族主義者たちがメドヴェージェフ次期大統領をユダヤ人といって、反ユダヤ主義を煽ろうとしていることに不安を募らせているという。
▼エルサレム・ポスト紙は昨年一二月一七日に、「ロシア軍が一九一七年のロシア革命以来初めて従軍ラビを指名した」と伝えている。
 ロシア軍内には約四万人のユダヤ教徒がおり、数名の将官をはじめ情報部門、技術部門など様々な分野で活躍しているという。ソ連時代には軍隊内でユダヤ人同士でもユダヤ教について語ることが彼らの経歴を汚すものとされ、信教の自由は存在しなかった
 今回指名された従軍ラビのアハロン・グレビッチ師は大佐の階級を受けて、ロシア国内の駐屯地を自由に訪問する許可を得ているという。
▼今年は、イスラエル建国から六〇周年にあたる。プーチン大統領が創設した「ロシア世界基金」はイスラエルに対しモスクワでロシア・イスラエル合同の六〇周年イベントの開催を呼びかけている。基金からの資金提供もされる予定で、イスラエル交響楽団の招聘などが検討されている。
▼ロシア革命以降、ユダヤ人に友好的だったレーニンの後継者スターリンは、レーニンの遺産である「国際主義」を清算するためユダヤ人=シオニズムを「社会の敵」と認定して反ユダヤキャンペーンを展開した。
 ソ連のプロパガンダはシオニズムを米国以上の悪魔とし、世界を支配するユダヤ人が道具として米国の帝国主義を使っていると主張した。スターリンによって高唱された伝統的な反ユダヤ主義は、ソビエト共産党の精神的支柱のひとつとなり、それは最後の書記長ゴルバチョフに至るまで継続した。
 プーチン政権では、エリツィン政権時代と異なりスターリン時代のいくつかの伝統や文化が復活した。プーチンはしばしば反米的姿勢をとるが、反米が反ユダヤとならない点がスターリン時代とは異なる。
 レーニン以降のロシア指導者で最もユダヤ問題に積極的なのがプーチンであることは数々の公式発言で明らかである。プーチンは二〇〇〇年に、少年時代を過ごしたレニングラードのアパートで、近所付き合いをしていたユダヤ人のレスリング・コーチ、アナトリー・ラクーリンを「私の人生で重要な役割を果たした人物」と評している。また二〇〇七年六月に会談したロシアのチーフ・ラビには一ヶ月分の給料をユダヤ人美術館の建設のために寄付している。
▼プーチン大統領は、ソ連崩壊後のどさくさに国営企業をはじめとした国家資産を簒奪したユダヤ系オリガルヒアを逮捕、追放し、一種の国家資本主義的エネルギー本位制経済を確立した。そして、エリツィン時代に膨張した西側金融機関からの借金を完済し、経済主権を回復した。
 メドヴェージェフ次期大統領の課題は、プーチンがたびたび述べているようにロシアをエネルギー依存経済からハイテク産業経済に転換させることであり、そのために巨額の石油・天然ガス売上金が国家安定化基金として蓄積されている。
 最近プーチン大統領はソ連時代からイスラエルに流出した一〇〇万人を超えるユダヤ系ロシア人に帰国を呼びかけている。ハイテク産業の育成に必要なのは高度な人材である。イスラエルに出国したロシア人の中には多くの優秀な技術者や経営能力のある管理者が含まれていたという。
 ロシアにはロシア正教、イスラム教、ユダヤ教という三大宗教が存在し、そのガラス細工のような危うい均衡の中にあって、プーチンはユダヤ系オリガルヒアを英国に追放し、代わりの人材をイスラエルから戻そうとしている。
▼コソボ独立宣言を受け、英米仏独など先進諸国は国家承認に踏み込んだが、イスラエルはミロシェビッチ時代からセルビアと深い関係があり承認していない。数千年にわたりユダヤ人を使嗾してきたフェニキアカルタゴヴェネチア英国の黒い系譜にプーチン・イスラエル連携は静かに、だが強かに挑戦しているのである。(青不動)