常夜燈索引

                 

  市場原理と国家の安全保障 
      (世界戦略情報「みち」平成20年(2668)3月15日第268号) 

▼小泉純一郎元総理は昨年一一月一三日、米金融大手モルガン・スタンレーがシンガポールで主催した「アジア・太平洋サミット二〇〇七」で講演した。
 首相退任後初めての公的な海外講演であった。小泉氏の英語はロンドン大学に遊学していたにしては流暢でないといわれていたが、この日の講演では発音、表現ともに見事な英語で、小泉改革のさらなる継続を強く主張した内容とともに世界中から集まった投資家たちの賞賛を浴びた。
 講演の三ヶ月前から草案づくり、発音指導、細部の身振り手振りを小泉氏に附ききりで指導したのはテレビ東京「ワールド・サテライト・ニュース」のコメンテーターとして知られるモルガン・スタンレー証券の日本担当チーフ・アナリストのロバート・フェルドマンだった。
 フェルドマンは竹中平蔵が主催する「ポリシー・ウォッチ・ジャパン」に当初から参画、小泉政権時代の司令塔だった経済財政諮問会議傘下の「日本21世紀ビジョン」専門調査会の「経済財政展望」ワーキンググループ委員も務めていた。いわば小泉政権の青い眼の指南役だった人物である。
 イェール大学(経済学・日本研究)を卒業、マサチューセッツ工科大学(経済学博士)、野村総研、日本銀行で研究業務、その後は国際通貨基金(IMF)、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券の主席エコノミストを経て現職となっている。小泉総理付の高級情報マンというところだろう。
 小泉氏はシンガポール講演の中で「フェルドマンさんは小泉改革が散々批判されていた時期に、批判は間違っている、改革が進めば必ず日本経済は活性化する、と助言してくれた。それは適切だった」とフェルドマンを持ち上げた。
▼いま自民党は「日本版政府系ファンド(SWF)検討チーム」を発足させ、中国、ロシア、中東湾岸諸国政府などが運営する国富ファンドと同様なファンドの創設準備を進めている。
 わが国には外国為替特別会計に百兆円、公的年金に百五十兆円、政府保有不動産に五十兆円などがあり、これらを日本版SWFの原資にしようと考えられている。日本版SWFを強力に推進しているのは、いわゆる小泉・安倍チルドレン議員が中心で、その振付師が竹中平蔵元総務大臣である。つまり日本版SWF構想は、モルガン・スタンレーなど欧米金融機関 → 小泉元総理・竹中平蔵 → 小泉・安倍チルドレンという流れで法制化が進められているのだ。
 モルガン・スタンレー、メリルリンチ、シティグループなど欧米金融機関は昨年来サブプライム問題による巨額損失を中東、中国、シンガポールなどのSWFの出資で凌いでいる。巨額の資産が眠る日本からの出資を画策するのは当然といえば当然であろう。
▼数年前から英ロスチャイルド系といわれるTCI(ザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド)というヘッジファンドが電源開発(Jパワー)の株式を買い進め、現在一〇%保有している。二月には二〇%までの買い増しと社外取締役三名の登用を要請し、これに難色を示す会社側と監督官庁の経済産業省との間で、電力の安定供給や国家安全保障などを争点に交渉が続いている。
 Jパワーは日本最大の卸電気事業者で、水力・火力発電所をもち、原子力発電所も建設中である。平成一六年に民営化され、東証一部に上場している。TCIのアジア地区投資責任者ジョン・ホー氏は昨年一二月に小泉元総理の私的な朝食会に招かれ、「日本経済の持続的な成長のためには海外からの投資が欠かせない」と励まされている。ホー氏は「外資を排除したいというなら民営化すべきではなかった。民営化したにもかかわらず、TCIの株式買い増しを認めないのは公正に欠けることだ。Jパワーを巡る状況が当時と違うというなら公正な値段で国有化すればいい」と語っている。
▼日本企業も海外で巨額買収を行なっている。一昨年、東芝は原子炉大手の米ウェスチングハウスを六四〇〇億円で買収、日本板硝子も英ピルキントンを六一〇〇億円で買っている。最近では住友重機械工業が米半導体製造装置メーカーのアクセリス・テクノロジー社買収(五五〇億円)に当たり価格で経営側と揉めているようだ。
 資本主義に基づく自由で公正な株式市場という経済原則の中に留まる以上、小泉元総理や竹中氏が言うように、国内外を問わず自由に資本が移動し投資することが経済発展に繋がるというのは正論であろう。
 これを避けるには、株式市場で流通する株式をすべて買い取って上場廃止にするか、安全保障上の重要企業は国有化するほかはない。
▼非上場でも、巨大企業は存在する。わが国ではサントリーやミツカン酢、米国にも世界最大の穀物商社カーギルなどがある。
 上場によってキャピタル・ゲインを手中にすることは確かに魅力的だが、それが企業の将来を先物食いしているということも自覚すべきではないか。(青不動)