常夜燈索引 

                

  ユタノン西郷吉之助 
(世界戦略情報「みち」平成20年(2668)5月15日第272号) 

▼明治維新で活躍した鹿児島下級武士出身の西郷隆盛、大久保利通、大山巌、村田新八、篠原国幹などは、いずれも六尺前後の大男で鹿児島市内甲突(こうつき)川畔の加治屋町(鍛冶屋町)の出身だった。加治屋町という小さな地域から、東郷平八郎、山本権兵衛、吉井友実、黒木為禎など明治大正時代に活躍した軍人、政治家など多くが輩出している。
 加治屋町郷士は、幕末まで一般に「ユタ筋」と陰口される存在だった。「ユタ」とは易(ゆ)断(た)である。今でも沖縄や奄美諸島にはユタと呼ばれる巫女が活動している。神懸かり状態で死者の口寄せを行ったり、人々の不幸や病気の原因を占う。血縁で世襲される公的巫女である「ノロ」に対してユタは民間霊媒師として島の人々の生活の中で隠然たる力を持っている。東北のイタコもユタの歪称といわれる。
 西郷隆盛の血統は「ユタノン家」、「ユタモノ家」といわれ、ユタの頭領格の家系である。西郷家は菊池の降将西郷九郎秀範が鹿児島伊集院に移り住んだのが始祖である。
 天文一一年(一五四二)種子島に鉄砲が伝来した際、ユタ衆頭領・岩屋梓梁は買い入れた鉄砲二丁のうち一丁を伊集院に持ち帰った。同地に五千人の人々を動員し水車動力を利用した鉄砲製造基地を建設した。その生産責任者が西郷正勝だった。
 天文一九年、島津貴久が鉄砲火力の力により伊集院城から鹿児島城に進出したとき、伊集院の鉄砲製造鍛冶屋衆の優秀者を鹿児島城下甲突川畔の鍛冶屋郷(合計二百家)に移住させてから、鹿児島に西郷家が根付いた。
 本来西郷家は日置伊集院家の祭祀を掌る役割だったが、さらに火を使う鍛冶を業とするに及んで一種の霊能力者、易断党と見られるようになった。その鉄砲製造技術は南伊豆や近畿などに伝播し、易断ネットワークは全国的情報収集網となった。後世の大久保長安もユタ衆の一員だった。
 島津斉彬が藩体制の中では小姓組という軽輩でしかない西郷を抜擢した理由は、ユタ筋のプリンスとして優れた能力と情報網を持つ西郷を高く評価したからである。
「私、家来多数あれども、誰も間に合う者はなし、西郷一人は、薩国貴重の大宝也、さりながら彼は独立の気性あるが故に、彼を使う者、私ならではあるまじくと被申候」(「逸事史補」)と斉彬は越前公に語っている。
▼徳川時代を通じてユタ衆とその忍者集団・真方(まがた)衆(し)は島津藩の上忍隠密集団として、半ば独立を保ちながらも島津藩主の直隷下で情報収集・諜報活動に励んだ。
 西郷吉之助はユタノンなる自らの血筋の歴史を父祖から詳しく聞かされていた。天保一〇年(一八三九)、一三歳のとき、天保八年の大阪での大塩平八郎の乱の目的がユタ衆の解放にあったと聖堂で教えられた。聖堂からの帰途、西郷少年は上士の子弟から「ユタッ」と面罵され、単身で闘ったが腕の筋を斬りつけられ、以後刀を使えなくなり、書記役に就いたと言われている。
 大塩の乱では、薩摩藩大阪屋敷にあった大筒が密かに真方衆の詐謀によって船で大塩屋敷に運ばれ、使用されていた。幕府への露見を怖れた薩摩藩は、反乱鎮圧の幕命にも拘わらず出動せず静観を決め込んだ事実が残っている。
 西郷少年は、北薩川内の新田八幡宮の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)御陵を探索中、野宿の残り火の不始末で山稜を焼失させるという大事故を起こした。真方衆は島津藩と交渉し、西郷少年を川内の沖合いに浮かぶ甑島に流謫せしめた。
 当時、上甑島太良には真方衆が大阪から逃亡潜入させていた大塩平八郎がいた。西郷は大塩の思想、精神に直接触れて薫陶を受けた。大塩から恵贈された「洗心洞箚記」を諳んじていたと言われるほど、西郷は大塩に傾倒していた。さらに西郷少年は長崎、天草、島原半島にも連れられて視野の開眼を図った。その留守の間に大塩ら四名は島津藩由緒糺方奉行に密殺された。  後に西郷家に起居し、書道や陽明学の教授をしていた、上方語を話す前身不明の川口雪篷なる老爺は大塩平八郎の養子格之助だったといわれている。桐野利秋が大塩平八郎の子であると噂されたのも、安政五年、当時二一歳の桐野が真方衆の命により大塩格之助を京より伊集院、鹿児島に潜伏させたことから生まれた風聞だった。
 西郷が沖永良部島に幽閉されていた頃、川口雪篷が西郷の牢屋があった和泊村の隣村の西村に「久光公の大事な書物を質に入れて酒代としたため流された」と称して住んでいたのも、西郷の身辺を警戒し、絶望しがちな西郷を励ますための真方衆の試みだった。
▼西郷は大塩平八郎の乱の四〇年後、明治一〇年(一八七七)西南の役に斃れた。大塩が行動原理とした陽明学の知行合一の反知性主義と行動主義が西郷に受け継がれ貫かれた符合を見る。
 大塩は「身の死するを恨まず、心の死するを恨む」(「洗心洞箚記」)といった。人命尊重と肉体の延命だけが絶対視される現代、精神による抵抗を行動に顕現した大塩・西郷らユタ衆の生き方を探求したい。(青不動)