常夜燈索引

                    

  秘密結社エルゲネコン起訴される 
          (世界戦略情報「みち」平成20年(2668)9月1日第278号) 

▼トルコ・インスタンブール検察庁は七月一五日秘密結社「エルゲネコン」を刑事起訴した。二四五五頁にのぼる起訴状には、前憲兵司令官、アンカラ商工会議所会頭などを含む軍・治安機関の退役・現役将官、ジャーナリスト、学者、政治活動家、組織犯罪関係者など容疑者八六名の名前が記されていた。
 存在は知られていても、口に出すことさえ憚られていた影の政府「エルゲネコン」の結社員が逮捕され、裁きを受けるような事態になったのは、イスラム色の強い与党公正発展党(AKP)と国是である政教分離、世俗主義勢力である軍・治安機関とのイスラム教の扱いを巡る対立が抜き差しならない状況に陥ったためという。エルゲネコン結社員のある検察官が、国是に反するAKPの解党を憲法裁判所に提起したことに対し、治安機関内の反エルゲネコン・親イスラム派グループがエルゲネコンの一斉検挙で報復したのである。AKPによる事実上の反軍クーデターと言われる所以である。
 そうした国内的対立もさることながら、トルコの現エルドアン政権は最近シリアとイスラエルの和平交渉を仲介し、将来のイスラエル・パレスチナ交渉に道を開こうとし、さらに隣国イラクとも戦略協力協定を締結するなど、紛争の絶えない中東地域の安定に積極的な役割を果たしている背景がある。トルコ軍部・治安機関がイスラム教を理由にエルドアン政権を攻撃するのは、その中東外交攻勢を足下から揺るがす意図があると見ることができよう。
▼エルゲネコンとは、米ソ冷戦時代、北大西洋条約機構加盟諸国に米CIAと各国情報機関、軍が中心となって作った準軍事組織のトルコ版で、有名なイタリアの「グラディオ」トルコ支部とも云われている。
 当時NATO加盟諸国はソ連を中心とするワルシャワ条約機構軍に西欧諸国が占領された場合、これに抵抗する反共地下組織として様々な軍事・情報・宗教ネットワークを社会の隅々まで張りめぐらせた。それは、いわゆるStay Behind作戦と呼ばれ、のちにその役割を逸脱して「自由主義社会」内部の緊張を高めるためとして、反体制派を装った爆破事件、要人暗殺事件などを起こしたことが近年暴露されている。
 一九七〇年伊でのボルゲーゼ公爵による反共クーデター未遂協力、七八年モロ伊首相暗殺、八〇年ボローニャ駅爆破事件、八九年ドイツ赤軍によるとされるドイツ銀行会長アルフレッド・ヘルハウゼン爆殺事件、七四年東アジア反日武装戦線による三菱重工爆破事件などの背後に、各国のStay Behindグループが暗躍したと言われている。
 トルコでは二〇〇六年の憲法裁判所爆破事件、イスタンブールの新聞社襲撃を始め、一九六〇年と八〇年に起きた軍部によるクーデターにエルゲネコンが深く関与していたことは公然たる秘密となっている。
▼第一次大戦中の一九一六年六月一六日、英仏露はオスマン・トルコ帝国領土の分割を約した秘密協定に調印した。

シリア、アナトリア南部、イラクのモスル地区を仏勢力範囲とする。
シリア南部と南メソポタミア(現在のイラクの大半)を英勢力範囲とする。
黒海の東南沿岸、ボスポラス海峡、ダーダネルス海峡両岸地域を露帝国勢力範囲とする。

 サイクス・ピコ協定と呼ばれるこの国境線引きは、原則的に今日まで維持されている。エルドアン政権による中東和平外交に、サイクス・ピコ協定の改変、つまりオスマン帝国の復権を感じ取っているのは、中東・ユーラシア動乱に利を見いだす大英帝国である。
 エルゲネコンの淵源は、近代トルコ共和国の祖、青年トルコ党=「統一と進歩委員会」(CUP)にある。英国首相パーマストン(一七八四~一八六五)の支援により、イタリア青年党、ドイツ青年党、セルビア青年党など、西欧各国に旧王制・宗教体制転覆を狙う革命結社が誕生した。青年トルコ運動はオスマン帝国を倒すという一大成果を挙げ、革新的な青年、青年将校を称してYoung Turksという慣用句ができたほどである。運動の中核を担ったCUPは「イェニ・ツラン」(新たなツラン)を提唱したが、幹部の殆どはギリシア、アルバニア、チェルケス、ユダヤ人などで占められていた。
 トルコ国父ケマル・パシャもCUPの一員だったが、第一次大戦で英国軍を破り、その軛から離脱した。ケマルはCUP結社員が大英帝国の紐付きであることを充分承知のうえで、近代化のための人材として政府に登用した。ケマルの死後、彼らは深く国家中枢に浸透して、今日のエルゲネコンを形成する元となっている。
▼ケマルに心酔した駐トルコ駐在武官橋本欣五郎大佐は帰国後、青年将校運動のはしりである桜会を結成して、三月事件、十月事件を画策した。三島由紀夫はStay Behind構想から左翼革命に対抗する民間防衛組織「楯の会」を着想した。昨今、明治維新を推進した大英帝国と薩長青年志士の結盟関係、すなわち「青年日本党」とも呼ぶべき動きの裏面史が顕在化した。それと同時に、トルコの密教エルゲネコンが公然化した。トルコと日本、深い縁を感じる動きではあるまいか。(青不動)