常夜燈索引

                    

  憂うべき国家機能の喪失 
   (世界戦略情報「みち」平成20年(2668)9月15日第279号) 

▼大東亜戦争敗戦後、わが国が連合国進駐軍に占領されていた期間、今でも真相の分かっていない様々な事件が頻発した。
 昭和二三年(一九四八)九月九日の北朝鮮国家の成立、一二月一六日の中国共産党軍北京入城など、極東での共産主義勢力の膨張を危惧した米GHQは一九四九年から「日本は赤化東進の防壁」と称して公職追放にされていた旧軍や警察関係者の赦免を行ない、戦犯特赦令も出した。これら旧軍参謀や特務機関、特高出身者と米キャノン機関など極東米軍の情報・諜報機関が絡みあった密輸事件が一九四九年から度々表面化した。

一九四九年
   八月一七日 海烈号事件
  一一月二七日 衣笠丸事件
  一二月一六日 神祐丸事件
  一二月二八日 三光丸事件

一九五〇年
   一月一六日 楠丸事件
   五月  八日 神福丸事件
   五月三一日 第三旭丸事件
   六月一〇日 第二白鷹丸事件
   六月一七日 かすみ丸事件
   八月一六日 第八丸良丸事件
   九月一五日 大恵丸事件
 一二月三一日 長周丸事件

「密輸」という違法行為が治安機関に摘発されたものがこの二年間にこれだけあったわけで、成功した「密輸」はこれに数倍する規模があったと推測できる。なお、一九五〇年六月二五日に朝鮮戦争が勃発している。
▼衣笠丸事件を例に、当時の「密輸」事件の実態を見てみたい。
 和歌山県田辺港船籍の衣笠丸(百十トン)は、北朝鮮の元山からウニやたらこ、石鹸などを満載して帰港したが、約束の手当を支払わない船主に怒った乗組員が警察に密輸を告発したのが事の発端と言われている。
 東亜同文書院出身で満鉄・上海影佐機関に在籍、当時松下電器貿易顧問だった人物に、京都にあったとされる中共在日代表部から松下製モーターの中共密輸を持ちかけられ、GHQ、海上保安庁の暗黙の了解の下に実行に移したというのが概略である。GHQは北朝鮮の情報収集を条件に密輸を黙認したようだ。
 衣笠丸はモーターや電気製品を積んで元山港に入り荷揚げした。バーター取引だったため、北朝鮮側の物資の集まりを待つこと一ヶ月、結局持ち込んだ金額の半分ほどしか引替の品物が届かず、次回取引で未納分を納めることで合意して衣笠丸は帰国した。北朝鮮で発行されている新聞、雑誌などもGHQ向けに積まれていた。
 GHQが承認を与えていた「密輸」が摘発され事件化した真相は未だ不明だが、GHQ内部の対立が円滑だった取引を表面化させたと推測される。
 興味深いのは、北朝鮮の港と日本の港との半公然の定期往来がGHQ公認の下に行なわれていた事実である。取引を実際に取り仕切っていたのは旧軍の朝鮮、満洲関連特務機関出身者たちだった。半島や大陸に無知な極東米軍は帝国陸海軍を解体してみたものの、彼の地の情報収集ができないため、特務機関を復活させ、「密輸」を名目に情報工作をさせていたのだ。
 当時ドイツに進駐した米軍もまた、ソ連情報の不足から、ドイツ陸軍参謀本部東方外国軍課長を務めた情報将校ラインハルト・ゲーレンの助力を求めている。米軍情報機関に協力するためゲーレン機関を発足させ、ソ連東欧の残置諜者網を再組織し数々の情報工作を行なったといわれている。
 わが特務機関出身者たちは米軍の庇護を楯に半島や大陸に残してきた残置諜者網の再結集を計り、これに経済的利益を与えるべく「密輸」業に勤しんだ。北朝鮮政府の対応は不明だが、おそらく歓迎し、利益の分配に預かっていたはずである。
▼自民党AA研を主宰して、ハト派のリーダー格とされた宇都宮徳馬という政治家がいた。父親は朝鮮軍司令官を務めた宇都宮太郎大将で、本人は陸軍幼年学校を中退して水戸高校から京都大学に進み共産党に入党。治安維持法違反で逮捕、投獄、獄中で転向し、軍需産業株への投資で大金を稼ぎ、その資金でミノファーゲン製薬を設立して社長となった。
 宇都宮太郎は後に日本陸軍の少将にまで出世した平安南道出身の金応善を宇都宮金吾という名前を与えて可愛がるなど、朝鮮との絆の深い人だった。
 宇都宮徳馬は一九一九年三月一日の韓国独立万歳事件を弾圧した父の行ないに懺悔するため、日朝友好をライフワークにしたと語っている。政治信条もさることだが、ミノファーゲン製薬の経営上、北朝鮮との関係は不可欠だったと指摘する向きもある。
 金日成とは四回も会談、信頼が厚かった。一九九一年、南北朝鮮が国連に同時加盟した際、宇都宮は国策研究会の矢次一夫と組んで、南北相互承認を両国政府に働きかけるなど左右問わずそのネットワークは深かった。因みにNHK出身の外交ジャーナリストT氏は宇都宮人脈の一人といわれている。過去の情報資産が消えゆく中、裏庭ともいうべき半島や大陸の情報をわが国が独自で収集できない現状は憂うべき国家機能の喪失である。
(青不動)