常夜燈索引

                    

  わが皇室の果たしている役割 
      (世界戦略情報「みち」平成20年(2668)11月15日第283号) 

▼大正一二年(一九二三)四月三日付の読売新聞に次の見出しが載った。

一昨日突如、パリー御遊学中の北白川成久王殿下薨去
御同乗の同妃房子内親王と朝香宮鳩彦王は御重傷
自動車樹木に衝突両殿下はペルネー病院に

 当時「軍事御研究」のため北白川宮、朝香宮、東久邇宮がパリに遊学されていた。
 北白川成久王(三七歳)は四月一日、御付運転手ヴィクトール・デリア、房子妃、フランス人御用掛のエリザベート・ソビーらを連れて海辺の保養地ドービルに泊りがけの予定で向かった。
 パリのアヴェニュー・フォッシュの高級住宅街にある自邸から五分の距離にある朝香宮邸に立ち寄って鳩彦王を乗せた。当初朝香宮ではなく、東久邇稔彦王をドライブに誘っていた。稔彦王は「あなたの運転は、失礼ですが、まだ十分でないからお止めなさい。私はイギリスに行く約束があるから」と断ってロンドンに向かったのだ。
 成久王は朝香宮鳩彦王とともに、排気量三九七〇CCの最新スポーツカーでノルマンディー地方の町エブルーに到着し、レストランで昼食をとった後に、御付運転手から運転を代わってシェルブール方面に向かった。エブルー出発の三〇分後に車はペリエ・ラ・カンパーニュ村の付近でアカシアの巨木に衝突した。
 一九二三年四月六日付の地元紙「デペッシュ・ノルマン」は助かった御用掛ソビーに取材して、

「エブルーの後、皇子はスピードを出した。ペリエからさほど遠くない所で運転手(注・助手席のデリア)は速度計をのぞいた。『一二〇キロ出ています』と彼は言った。このとき、速度を落とさずに皇子は先行車を追い越そうとしてハンドルを左に切った。操作が恐らく急激すぎたらしく車は激しく横滑りして木にぶつかり、五人の乗客を飲み込んだ」(広岡裕児『皇族』一〇二頁)

と報じている。 
 房子妃、鳩彦王はフランスで治療、療養後回復し、薨去した北白川成久王の喪主を東久邇宮稔彦王が務めて遺骸は日本に帰った。単なる偶発事故死だったのか謀殺だったのか、不明である。
▼日露戦争時に一等巡洋艦磐手や八雲の分隊長を務めた山階宮菊麿王(後に海軍大佐)は、バルチック艦隊撃滅の影の主人公の一人である。
 菊麿王は明治六年(一八七三)に生まれ、一歳前に梨本宮守脩親王養子となり、明治一四年(一八八一)梨本宮を継ぎ二代となり、明治一八年山階宮に復籍、晃親王の継嗣となる。学習院卒業後、一七歳で海軍兵学校入学、明治二二年(一八八九)ドイツ・キール海軍兵学校に留学、明治二七年にキール海軍大学校を中退して帰国した。日清戦争時は威海衛、澎湖島などの海戦に戦功あり、功四級金鶏勲章を叙賜。
 ドイツ留学中には、イギリス海軍や造船所を見学、フランス、イタリアにも足跡を残す。明治三三年軍令部勤務時は、ヨーロッパ情勢に詳しいことを買われてヨーロッパ各国の軍事情勢をまとめ報告書を提出している。惜しくも明治四一年(一九〇八)三四歳の若さで薨去された。特筆すべきは気象学の大家だったことで、自前の気象観測所を造るほどで、旅順港攻略戦、日本海海戦の際の気象分析を一手に引き受け、勝利に貢献した。
 菊麿王はキール海軍兵学校時代の学友であるドイツ海軍将校から日露戦争の全期間、ロシア国内情勢はもとより、イギリス、ドイツなどの反応を書簡で受け取っている。
 東京本邸に届いた学友からの手紙は、特急便で戦域海上にいる菊麿王の手許に通信艇を通じて届けられた。受け取った情報は即座に翻訳され、東郷連合艦隊司令長官はじめ海軍上層部に報告されている。この学友はロンドン駐在武官を経て、ロシア海軍の日露戦争観戦武官となってバルチック艦隊に同乗、シンガポールまで同行した。当時ドイツはロシア海軍と協力関係にあったからである。彼はバルチック艦隊がロシア出航の時から日本艦隊の幻影に怯えていた様子や、英国政府の艦隊に対する組織的嫌がらせなどについて事細かく伝え、さらに艦隊指導部内の確執や水兵の士気などについても菊麿王に知らせている。
▼当時の男子皇族は英国に留学した東伏見嘉彰親王の「欧州諸国の制に鑑るに皇族華冑は必ず幼少より身を兵籍に委ね兵学操練を修習」すべしとの上表がきっかけで、陸海軍人になることとされていた。日露戦争時も海軍大将の有栖川宮が海軍軍令部、海軍少佐東伏見宮が第三戦隊(軽巡洋艦戦隊)千歳副長、海軍少佐伏見宮若宮は第一戦隊旗艦三笠に乗艦している。 
 明治以降、多くの皇族軍人が「軍事御研究」の名目で英、仏、独など欧州各国に遊学し、各国上層部との接触を通して軍事、政治、経済情報の収集に当たっていた。東久邇宮稔彦王が在仏中、クレマンソー仏首相から「米国が日本を撃つ用意をしている」との忠言を受け、帰国後、日米戦争回避を説いた。これは最高度の情報戦といえよう。皇室が果たしているわが国を守るための知られざる戦いは昔から連綿と続いているのだ。(青不動)