常夜燈索引

                 

  ムンバイテロに英国流分断統治の影 
          (世界戦略情報「みち」平成20年(2668)12月15日第285号) 

▼二〇〇六年七月一一日、インドのムンバイ(ボンベイ)近郊鉄道の車両が八カ所にわたって爆破され、通勤客など一九〇人以上が死亡、数百人の負傷者が発生した。七月一六日、テロ組織「ラシュカル=エ=クァッハル」が犯行声明を出し、爆破は「グジャラート州とカシミール州の状況に対する報復である」と述べた。インド情報機関はラシュカル=エ=クァッハルはアル・カイダと関係のあるラシュカル=エ=タイバ(LeT)の別働隊の可能性が高いと推測している。
 ムンバイ列車爆破事件のあった当時、七月一五日から一七日までロシアのサンクトペテルブルグで先進国首脳会議が開催中だった。会議に招かれていたインドのシン首相は、ブレア英首相との会談で、「三年前にあなたに取り締まりをお願いした英国在住テロリスト名簿の中に名前のある一四名が今回のムンバイ列車爆破事件に関わっている可能性がある」と発言し、至急調査するよう求めた。ブレアは善処を約束したという。
▼一九九九年一二月二四日、インド航空一八四便がハイジャックされた。アフガニスタンのカンダハルまで飛んだ後、犯人側はインド政府に対し、乗客乗員一五五人の解放と交換に、獄中にいるイスラム過激派(カシミール人)の幹部三人の釈放を要求した。インド政府は幹部三人を釈放したが、その中にオマル・シェイクなる男が含まれていた。
 二〇〇一年一〇月七日、パキスタンのムシャラフ大統領は、同軍諜報機関ISI(統合情報局)のマフムード・アーメド長官ら三人を解任した。マフムード長官がオマル・シェイク通じて、同年九月一一日に起こった米同時多発テロ事件の主犯格とされるモハマド・アッタにテロ資金一〇万ドルを送金したことが、米FBIの調べで明らかになったから、というのが解任の理由であった。FBIはインド政府からの情報に基づき、マフムード長官がアッタへの送金を指示した事実を把握し、パキスタン政府に捜査を求めたのである。 
 オマル・シェイクはインドからの留学生として英国森林学校とロンドン・スクール・オブ・エコノミクス在学中、英情報機関MI6にリクルートされ、ボスニアなどバルカン半島で諜報業務に就き、その後アフガニスタンの反ソ連ムジャヒディン・キャンプで訓練を受けた。彼がMI6の南アジア工作の貴重な人材であることは、一九九九年のハイジャック事件で釈放された後、英国に帰り、英国国籍を保持したままインド政府などの引渡し要求にも拘らず、安全を保証されていることからも知ることができる。英国帰還後も様々な変名を用いアフガニスタン、インドなどに出没、二〇〇二年パキスタンで誘拐・殺害されたダニエル・パール米ウォール・ストリート・ジャーナル紙記者の事件にも関与したとされる。
▼先月一一月二六日、インド西部の中心都市ムンバイで起きたテロ事件は、駅、高級ホテル、ユダヤ教正統派施設など十数カ所を一斉に襲撃した規模や計画性から、襲撃犯を尋問したインド情報筋は「インド内部の強力な支援がなければ絶対に実行不可能なテロだ」と断定している。
 一一月二九日付インディアン・エクスプレス紙は「ダウド、ムンバイ襲撃犯に武器弾薬を支援」と報じ、ムンバイ出身でパキスタンのカラチを根城とする暗黒街のボス・イブラヒム・ダウドがテロに深く関係していると伝えた。
 イスラム系のダウドはインド北東部、ネパールと国境を接するビハール州(旧ベンガル)でのゴールド、阿片、武器の密輸入で頭角を現し、ムンバイ、カラチ、ドバイを股にかける非合法ビジネスで巨万の富を築いた。九九年のインド航空機ハイジャック事件や二〇〇一年のニューデリー国会議事堂襲撃事件にも関与し、二〇〇三年以来米国務省の国際テロリスト・リストに載せられている。九〇年代後半からインドではヒンズー・ナショナリズムが高まり、イスラム系のダウドはかねてから親密だったパキスタンのISIを頼ってカラチに拠点を移した。ムンバイ=旧ボンベイは、ハリウッドをもじってボリウッドと呼ばれる世界最大の映画産業集積地で、その裏社会の仕切役がダウドなのである。
 オマル・シェイク同様、ダウドも旧大英帝国情報機関の庇護の下、アジア南部・中東湾岸不安定化工作の一翼を担う存在なのであろう。
▼プーチン露前大統領は第二次大戦中の極めて良好であったルーズヴェルト・スターリン時代の関係を露米関係のモデルにすべきだ、と外交演説などでたびたび述べている。大戦終結直前のルーズヴェルトの急死や冷戦開始時のチャーチル「鉄のカーテン」発言などで米ソ冷戦は非可逆的となった。
 いま金融危機によるドル一極覇権の喪失、イラク、グルジア混迷による軍事・政治覇権の失墜で米国一極支配は崩れ、世界は多極化に向かっている。この多極化は世界の国々が各々その所を得る八紘為宇の多極化なのか、それともヴェネツィア・英国流の分断統治のための多極化なのか、しっかり見極める必要がある。(青不動)