常夜燈索引 

                

  西郷・大久保対立を演出した英国 
        (世界戦略情報「みち」平成21年(2669)6月15日第296号) 

▼『海舟余波』(明治三二年)を編集発行した巌本善治は昭和一二年、勝海舟に仕えていた新谷道太郎翁(当時九三歳)に取材し、勝と西郷南洲の関係について次のような記録を残している。

○文久元年の春、仲間(ちゅうげん)から若党(わかとう)となり、六月に勝様のお伴をして薩摩に参りました。
○鹿児島に到着して、西郷様のお屋敷に行くと、お留守で、大島に行かれたというので、すぐに船を雇ってもらい、船頭三人、私等二人で大島に行きました。大島に着いたら夕方でした。(中略)
○大島に着いて西郷様をお尋ねすると、久しゅう御懇意のように見えました。「何をしておられるか見ニ来ました」と言われると「好(え)イ商売をしております」とのことで。(中略)
○翌る朝、オイドンの商売を見て下さいとの事で、勝様のお伴をして参りますと、海岸に七つの蔵がありまして、西郷様が一々あけて中を見せられました。七ツみんな見られました。色々の軍器や弾丸がありました。(中略)
○大島から帰りの船の中で、船頭が軍器などの事を言いますと、勝様が、西郷はたとい禁制の商売でも、お国の為にすることで、決して悪意は無いから構わぬ。しかしお前たちがこの事を他言すると命が無いぞと言われまして、私にも同様にいいつけられました。(中略)
○この軍器弾薬が十分にあったから、伏見鳥羽の戦争で多勢の幕軍に勝てた訳です。(中略)
○明治維新の大改革は、大島における西郷様と勝様との黙契に始まり、最後も同じくそのお骨折りによって片附いたのものと思っております。

▼西郷南洲は現在の鹿児島市加治屋町の出身で、いわゆる「鍛冶屋衆」と呼ばれる鉄砲鍛冶を伝来の業とする一族の宗家に生まれている。
 ポルトガル人が一五四三年に種子島に火縄銃をもたらした。その六年後の一五四九年にアンジロー(ヤジロー)なる薩摩出身の改宗カトリック教徒の水先案内によりフランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸した。ザビエルは鹿児島・伊集院はもとより、堺や国友(近江国坂田郡国友村)等で鉄砲伝来以来わずか六年で大量の銃器が生産されていることに驚き、故国ポルトガル国王に日本の高度な武器産業について報告している。
 西郷はアンジローの系譜を引く者といわれ、武器弾薬の製造・流通に関し島津藩の領域を超えた全国的・国際的ネットワークの棟梁格で、そこに島津斉彬が重用した理由があった。幕末のわが国は幕府転覆(内乱)を見込んだ欧米武器商人の激しい売込み合戦にさらされており、英武器商人グラバーをはじめ各国の政府・商人などが幕府側、雄藩側それぞれに付いて政争を煽った。
 鍛冶屋衆の頭目・西郷はイエズス会以来の西洋とわが国との武器取引の要として、明治維新に際してグラバー、オールコック、パークス、サトウなど英国政府、武器商人の力を借り、幕府側の勝とも密通しながら、徳川幕府を崩壊させた。「流刑」先の大島でも、武器商売に精を出していたことは新谷翁の証言のとおりである。
▼当時英国は日本をしてロシアの南下政策に対する極東での橋頭堡としての役割を担わせようとしていた。
「未開の国に対しなば、慈愛を本とし、懇々説諭して開明に導く可きに、左は無くして未開蒙昧の国に対する程むごく残忍の事を致し己を利するは野蛮ぢや」(『西郷南洲遺訓』)と西洋文明の野蛮さを見抜いていた西郷や、同じく鍛冶屋衆の大久保利通が政治の実権を握っている限り英国の思い通りに日本はならない。二人が相争い、共倒れになって「周旋屋」や出世主義者が日本を治めれば、それは英国の利益になると考えても不思議ではなかった。
▼西南戦争勃発時、英国公使館通訳のアーネスト・サトウはパークス公使の指示で明治一〇年二月二日に上海から鹿児島に到着、折しも一月二九日から二月二日にかけ私学校徒による火薬庫襲撃事件が発生した騒擾の只中だった。二月一一日には西郷がサトウの寄寓先を訪れた。西郷には約二〇名の護衛が付き添った。サトウは西郷との会話が「取るに足らないものだった」と日記に残しているのだが……。
 大久保、川路利良による西郷暗殺計画の発覚が私学校党決起の直接の原因だが、西郷は以前から暗殺計画がある事を英国筋から通報されていたようだ。西郷とサトウの会話は武器を含む支援の確認だと思われる。サトウの盟友で、鹿児島県のお雇い医師だったウィリスは西郷派の大山綱良県令から開戦直後横浜での武器購入を依頼され、さらに明治一〇年六月にも西郷の代理人から武器購入を求める書状を受けている。
 西郷には軍事的支援を約束、大久保には独立国化した鹿児島を統一国家の邪魔と唆し、英国は見事に二人を対立させた。西郷が倒れれば大久保も恨みを買って暗殺されるのは火を見るより明らかだ。明治維新とは何だったのか、あれでよかったのか、今一度日本人の目で見直す必要がある。(青不動)