常夜燈索引 

                 

 日本人の民族的叡智
   (世界戦略情報「みち」平成21年(皇紀2669)9月15日第301号)

▼八月三〇日に行なわれた衆議院議員選挙は、民主党が三〇八議席、自民党一一九議席、公明党二一議席という結果となり、自民党が下野し、民主党・社民党・国民新党の連立政権が誕生することとなる。
 民主党は「国民の生活が第一」という一昨年の参議院議員選挙でも掲げたスローガンで選挙戦を戦った。これは東北、中国、四国、九州など一次産業の比率が 比較的高い郡部有権者の「生活保守」意識に訴える戦術で、従来都市部に偏重していた民主党の支持層を、地方や過疎地、離島に拡大した。田中角栄譲りの小沢 一郎の作戦が見事に奏功したといえよう。農家への生産費と販売価格の差額を補填する「戸別補償制度」も、農協に政治的、資金的に支配された農民の支持を得 た大きな要因となっている。
小泉構造改革が極モダンで「革新的」なグローバリズムを日本の風土に導入したことに対する、日本人の心的村落共同体意識の無言の「違和」の表明でもあった。
 面白いことに、米国での共和党から民主党への政権移行と同期していて、深層部分での日米連動も窺われる。
▼今回の選挙テーマの一つは二大政党制の確立ではあったが、実際は巨大与党とその半分以下の野党という構図に落ち着いた。米国や英国で二大政党制のメリットとされる、二大政党による競争、政策論争などといった綺麗事を日本国民が信じていない証左である。
 民主党は子育支援として中学校卒業まで、月二万六千円を支給する政策を目玉とし主婦層の関心を惹いた。少子化時代に、子供を生み育てるための助成措置で あり、日本女性の子供に対する願望の深層に届いた政策であった。いずれにせよ選挙で外交・国防などが主要テーマとなることは稀で「生活」に関わる年金、介 護、医療、税金、子育てなどだけが話題となり、有権者の関心事となる。日本人が国際情勢の局外にいたいという民族的叡智の表われで、狸寝入りやカメレオン の変色運動にも比すべき態度である。
▼宮本常一は『忘れられた日本人』にこうした日本人の深い心情を記した。

 ……私がまだ五、六歳ごろのことであったと思う。山奥の田のほとりの小さい井戸に亀の子が一ぴきいた。私は山へいく度に のぞきこんでこの亀を見るのがたのしみだった。ところが、こんなにせまいところにいつまでも閉じこめられているのは可哀相だと思って祖父にいって井戸から あげてもらい、縄にくくって家へもってかえる事にした。家で飼うつもりであった。喜びいさんで一人でかえりかけたが、あるいているうちにだんだん亀が気の 毒になった。見しらぬところへつれていったらどんなにさびしいだろうと思ったのである。そして亀をさげたまま大声でなき出した。通りあわせた女にきかれて も、「亀がかわいそうだ」とだけしかいえなかった。そして、また山の田の方へないて歩いていった。女の人がついて来てくれた。田のほとりまで来ると祖父は 私をいたわって亀をまたもとの井戸にかえしてくれた。「亀には亀の世間があるのだから、やっぱりここにおくのがよかろう」といったのをいまでもおぼえてい る。この亀は私が小学校を出るころまで井戸の中にいた。そしてかなりの大きさになった。ある日となりの田の年寄りが、「亀も大分大きくなったで、この中で は世間がせまかろう」といって井戸から出してすぐそばの谷川へいれた。それからのち私が三十をすぎるころまで、夕方山道をもどって来るとこの亀が道をのそ のそとあるいているのを見かけることがあったが、祖父はまた山道でこの亀を見かけると、その事を必ずはなしてくれたものである。こういう人たちは一般の動 物にも人間とおなじような気持でむかいあっており、その気持がまたわれわれにも伝えられて来たのである。(同書「私の祖父」より、一部改変)
 文字に縁のうすい人たちは、自分をまもり、自分のしなければならない事は誠実にはたし、また隣人を愛し、どこかに底ぬけ の明るいところを持っており、また共通して時間の観念に乏しかった。とにかく話をしても、一緒に何かをしていても区切のつくという事がすくなかった。「今 何時だ」などと聞く事は絶対になかった。女の方から「飯だ」といえば「そうか」と言って食い、日が暮れれば「暗うなった」という程度である。ただ朝だけは 滅法に早い。ところが文字を知っている者はよく時計を見る。「今何時か」ときく。昼になれば台所へも声をかけて見る。すでに二十四時間を意識し、それに のって生活をし、どこかに時間にしばられた生活がはじまっている。(同「文字をもつ伝承者(1)」より、一部改変)

▼政治、権力闘争、謀略などとおよそ縁遠い日本人の生き方は、今も地方や、いや都市部でも人々の心の中に息づいている。議会制民主主義、多数決、政権交 代、こうした空虚な理念とは交差しない世界に生きる日本人だが、義理堅く札入れには参加し、世界の潮流に応じる器用さも発揮する。
 米作りを中心とする「生活」に人生の意義を感じる日本人の選択が現れた選挙であった。(青不動)