常夜燈索引

                    

  義の虫を善導する義務と使命 
      (世界戦略情報「みち」平成21年(2669)10月15日第303号) 

▼北朝鮮の金正日体制は「先軍政治」というスローガンを掲げ、国家指導者を国防委員長に置くという、世界でも特異な統治形態をとっている。
 それは欧米流の議会制民主主義でもなく、支那やベトナムなどに残存する旧ソ連型社会主義とも異なるものであり、さらには北朝鮮自体の先代金日成体制からもかけ離れた独特の統治形態に「進化」している。
 今日の世界に流布する人権、多数決、デモクラシー、あるいは社会主義市場経済などという国家がまとう虚飾をすべて脱ぎ捨て、国家の本質だけをむき出しに表現したものが「先軍政治」であり、国際的に孤塁を守る北朝鮮の必然性が生み出した体制であることは間違いない。
 自然は地球上に人間が人工的に設定した境界線を知らない。地上の諸生物は力あるものが空間を獲得する。人類でも力強さ、勇気、勤勉さで最も優るものが領土を勝ち取る。自己を保存しようとする闘争のみが勝利を得る。いわゆる人間性とか人権なるものは人間が作り出した抽象的権利でしかなく、自ら生を主張しこれを確保した強い者が勝ってきたのが人類史を含む生物史であろう。
 自然には一つの鉄則しか存在しない。すなわち、より強いものに生きる権利を与え、弱いものから生を奪うという鉄則、である。人間も生物である以上この不可避の闘争に駆り立てられざるをえない。
 ある動物は他の動物を殺すことによって生きてゆく。一の生存は多の否定に結びついている殺伐な世界であり、恐怖の世界である。精神的にこの現実と断絶することはできても、現実はその只中にある。これと断絶することは死を意味する。
 この情け容赦のない鉄則に順応できた民族だけが世界における生存を確保する。人間はただこの鉄則に従って生きざるを得ない小さな存在であり、これは、自然界の法則、摂理だといえよう。
 金正日は、こうした地球史、人類史の本質を鷲摑みに把握しており、北朝鮮国家と民族の生存の確保を図るため、今日の軍を中心とした国家体制を構築したことは明白である。
▼もともと「軍」の本質は非民主主義的なものである。下に対する絶対の権威と、上に対する絶対の服従という非民主的な原理を堅持するところに軍は成り立っている。したがって、一切の政治活動が民主主義思想で動いている国では、軍は異物とならざるを得ないし、また軍自体も自らを異物と感じるようになる。軍を民主化しようなどとすれば軍が亡ぶことは明らかである。自衛隊員へ向けた三島由紀夫の市ヶ谷台での最後の絶叫の根底に、民主主義戦後憲法と相容れない武の本質が秘められていたことが想起される。
 金正日は国民全体を軍の精神に染め上げ、国民を義の虫と化すことで一切の夾雑物を取り除いた「神聖国家」を確立しようと試行しているのだろう。蟻とは義の虫であり、軍の精神そのものである。
 たとえ国民が食うや食わずであっても核兵器を保有し、国民を軍の精神で武装しなければ、群狼国家のひしめく国際社会の中で生きていくことはできない、という単純な現実から金正日は統治を組み立てている。
 ブルジョア国家の指導者がひそかに良心の呵責を感じながらやっていることを、金正日は何のやましさも感ずることなく断行しているのだ。
「先軍政治」、すなわち持たざる国家北朝鮮の統治手法には、政治と支配に関する独特の合理性が込められており、いわゆる議会制民主主義という虚妄のイデオロギー一色に塗り潰されようとしている世界に対し、根底からの疑義を主張しているのである。
▼「核なき世界」の実現をうたう米国のオバマ大統領がノーベル平和賞を受賞した。唯一の被爆国であるわが国では、この受章が核廃絶への大きな歩みになるとして歓迎、賞賛する声が高い。
 人間がつくった核兵器や細菌兵器、化学兵器などの大量破壊兵器を憎み、これらを廃絶しようとする努力をムダということはできない。しかし武器の背後には意志があり、武器だけあってもそれは無用の長物にすぎない。兵器が戦争を引き起こすのではなく、人間の政治的意志が戦争を起こすのだ。「核なき世界」があたかも平和な世界であるかのような見解はプロパガンダであり、戦争や人間の本質に触れない単なる技術論でしかない。
 人類の発生以来、戦いがなくなったことはないが、絶えざる戦いが人類を偉大にしたのであり、もし平和が永遠に続けば必ずや人類は滅びるだろう。妥協に期待を寄せることはあまりにも幼稚な空想であって、勝利か敗北か、いずれしかないのが現実だ。
 金正日はこうした酷薄ながら真実を捉えた思想哲学を持ち、実践しているように思える。北朝鮮が大日本帝国の残置国家であるとするならば、かかるドス黒くも透徹した闘争本能を持つ義の虫を、自然随順の和の民に善導する義務と使命とがわが日本にはあるのではないだろうか。 (青不動)