常夜燈索引

                    

  対米自立路線と親米従属路線の対立 
           (世界戦略情報「みち」平成21年(2669)12月1日第306号) 

▼昭和四九年一〇月九日『文藝春秋』一一月号が発売された。立花隆と児玉隆也の両名による「田中角栄研究──その金脈と人脈」特集号で、田中角栄総理の資産形成をめぐる疑惑や女性問題を暴く記事だった。
 同一一月二六日、田中総理は二階堂進自民党幹事長らに辞意を伝え、同日閣議後に竹下登官房長官が退陣表明を代読した。

「政権を担当して以来、二年四ヶ月余、私は決断と実行を肝に銘じ……わが国の前途に想いをめぐらすとき私は沛然として大地を打つ豪雨に心耳を澄ます思いであります」

 立花ら取材グループは多人数での資料を駆使した取材で、土地登記を一件ずつあげ、角栄と関連会社の関係を追及し、国会でも野党が便乗して総理を追いつめ、田中総理は退陣を余儀なくされた。
 立花はニュージャーナリズムの旗手、知の巨人ともて囃され、その後は東大客員教授にも就任し、マスコミ界に君臨している。だが、田中総理を追いつめた取材グループの資金源や資料の出所は今に至るも詳らかではない。『文藝春秋』や廃刊となった『諸君』のスポンサーに外国筋が絡んでいたことは冷戦時代の東西対立の遺産といえよう。
 立花は当初、角栄追及の原稿を依頼されたとき、「あんな程度の男に時間は割けない」と無学歴、無教養な男と角栄を蔑んだという逸話が残っている。立花隆はその角栄を追い落とすことによって、特定のグループに裨益し、出世を約束されたのだった。
 本年一一月号の文藝春秋で立花隆は「小沢一郎『新闇将軍』の研究」を発表し、「小沢がヒトラーのような人物というわけではない(略)が、あのナチスが国政選挙を通じて、大量の議席を獲得して、合法的に一九三〇年代のドイツを一挙に作りかえようとしはじめ、それを大衆が熱狂的に支持しているところを見たときに一部の人々が感じたであろうような、なんともいえない居心地の悪さ、不快感を感じている」と小沢一郎を危険な政治家だと評している。小沢は田中総理のように公職に就いているわけではなく、立花の追及は取材不足もあって、矛先は鈍い。しかし、元祖「闇将軍」=田中角栄に小沢を擬すところにその底意が見えてくる。
 立花は一一月二七日、民主党政権による「事業仕分け」について、勤務先の東大で記者会見し、「民主党は日本をつぶす気か」と仕分け結果を批判し、「資源小国の日本は科学技術による付加価値で生きていくしかない」と指摘した。また、民主党はこれまで研究分野を重視する姿勢をみせていたとした上で「期待していたが、 目の前で起きている出来事を見て怒りに震えている」と話し、仕分け人を「バーバリアン」(野蛮人)とまで形容、作業風景の印象について「訳のわからない人たちが訳のわからないことを論じている」と述べた。
▼一一月二六日、元厚生次官らを連続殺傷して殺人罪などに問われた小泉毅被告の初公判があった。
 小泉被告は「決起はチロちゃん(被告の飼犬)だけのためではない」とし、動物の殺処分の現状に加え、前防衛次官と妻の汚職事件や社会保険庁元長官の最高裁判事就任への義憤、タクシーと接触事故を起こした際の損保会社への不満なども動機として挙げた。そのうえで、「修羅になりきれなかった。もっと殺せなかったのは後悔している」「九九%死刑になるだろうが、何度でも生き返り、厚労省の官僚を殺し続ける」と取り調べで宣言したという。さらに、「(殺害された元次官も含め)厚生次官経験者数人と家族の計約一〇人の殺害を計画していた」、「官僚は悪だ、ゴミだ。家族も雑魚だ。だからやった」と供述していることも新たに判明している。
 小泉被告の背後関係は依然不明だが、官僚との対決を掲げる民主党政権による「事業仕分け」期間中に「官僚を殺し続ける」と嘯く小泉裁判が開廷したことは偶然とは言えない。背後に何かがあるとみるべきであろう。
▼東京地検特捜部は鳩山由起夫首相と小沢一郎民主党幹事長の政治資金問題を捜査しており、立花隆らの小沢・民主党批判もこれと軌を一にしている。
 民主党政権は元大蔵事務次官斎藤次郎を日本郵政社長に任命した。
 小泉元総理は米国金融資本に従属した財務省に支えられて長期政権を維持したが、現在の民主党政権も閣僚や所属議員に政権担当能力がなく、財務省に行政の舵取りの殆どを仰いでいるのが実態だ。小沢一郎が細川連立政権を作った際の盟友斎藤次郎は米国に屈服する前の旧大蔵省のエースで、大連生まれ、父は満鉄調査部出身である。フランクフルトやボンなど旧西ドイツに五年ほど勤めた経歴の持ち主だ。
▼米国内では伝来のアングロサクソン欧州同盟路線と、新たな米露中印の太平洋・ユーラシア四大国協商路線との確執が厳しさを増している。
 対米自立を志向する小沢路線か、旧来の親米従属路線か、をめぐる対立もわが国内で激化している。田中角栄の蹉跌から三五年、日本人の主体性が問われる秋(とき)が来ている。 (青不動)