常夜燈索引

                    

    犬養毅の悲劇 
(世界戦略情報「みち」平成21年(2669)12月15日第307号) 

▼五・一五事件の凶弾に倒れた犬養毅首相の孫・犬養道子は、祖父が襲撃してきた青年将校に「話せば分かる」と言ったと伝えられている一語に、子供心にも変だと直感し、永年疑問を抱いていた。

「お祖父ちゃまと言う人はこんな一語を麗々しくのこすにしてはもう少々、わけ知りの人であった筈だと、私はいつも思っていたのである。『話せばわかる』ていどの生やさしい時代であったなら、元来、あんな事件の起こるべくもなかった」(『ある歴史の娘』)

 昭和二五年になって公刊された『西園寺公と政局(原田熊雄日記)』の次の一節に、犬養道子は「思わず釈然と膝を叩いた」という。

「……(犬養総理の暗殺事件に関しては)遠因は、もとより政党に対する反感、……といふやうなものだろうが、噂によると、張学良の倉庫の中から日本の政党の領袖や大官連の署名のある金員の領収書が現れた中に、犬養総理のものも混じってゐたとかで、……先頭第一に侵入して来た青年士官が、……張学良から金をもらった一件を難詰しようとした時に、総理はこれに対して、『その話なら、話せば判るからこつちに来い』と言って……」

 この一節を読んで、犬養道子は、父・犬養健と祖父の遺品を整理していた際、極上の純白の西洋紙に記された張学良からの私信を見つけたことを思い出した。支那通として知られた犬養が総理になったことを奇貨として張学良が、満洲で関東軍に押収された、父・作霖の私財を返還して欲しい、と依頼する手紙であった。そこには運動費として少なからぬ金員が添えられており、その出金記録が張学良の金庫に残されていたはず、と犬養道子は推測している。
 満洲事変直後、奉天憲兵隊は張学良邸を捜索し、書斎の大金庫から日本人が書いた五三枚の金銭受領書を発見した。政友会の大幹部だった床次竹二郎(犬養内閣の鉄道大臣)の五〇万円を筆頭に著名な政治家や支那浪人の名前が並んでいたという。陸軍大佐の年棒が四一五〇円の時代である。これは直ちに東京の陸軍省に送られた。
 五・一五事件の陸軍側軍法会議に、一〇〇万人を超える減刑嘆願書とともに角岡和良弁護士はこの金銭領収書を「腐敗した政党政治の証拠」として提出し、「これが被告等が殉国の志を持った動機」であると訴えている。以降、わが国における政党政治は急速に力を失っていったが、五三枚の金銭受領書がその趨勢に影響を与えたことは間違いないだろう。
 張作霖は町野武馬予備役大佐(後の吉田茂のブレイン)と松井七夫中佐などの有能な政治顧問を抱えていた。彼らの指示で、在満のみならず、東京の政軍官界有力者に対し毎年、就任祝い、餞別、盆暮れに多額の紅包(賄賂)を贈っていた。張家顧問の日本軍将校の夫人連は、作霖を「上様」、「御前様」、学良を「若様」と呼んでいたという。
 二〇歳で陸軍少将になった張学良は来日し(大正一〇年)、陸軍秋季大演習を見学した。宮中招宴で、勲二等瑞宝章が贈られ豊明殿での盛大な午餐会では裕仁皇太子殿下と親しく歓談している。宴後、庭園を一同で散策した際、近視の貞明皇后が同じ年の裕仁殿下と間違えて、遠くから「東宮様!」と何度も学良をお呼びになり、近寄った学良に「あら、張さんなの」と仰せられたと伝えられている。張作霖の紅包がいかにわが国上層部に行き届いていたかがわかる逸話である。
▼一九二〇年一一月、モスクワ共産党細胞書記長会議でレーニンは訓示した。

「全世界における社会主義の終局的勝利に至るまでの間、長期間にわたって我々の基本的原則となるべき規則がある。その規則とは、資本主義国家間の矛盾対立を利用して、これらの諸国を互いに噛み合わすことである。我々が全世界を征服せず、かつ資本主義諸国よりも劣勢である間は、帝国主義国家間の矛盾対立を巧妙に利用するという規則を厳守しなければならぬ。現在我々は敵国に包囲されている。もし敵国を打倒することができないとすれば、敵国が相互に噛み合うよう自分の力を巧妙に配置しなければならない。そして我々が資本主義諸国を打倒し得る程強固となり次第、直ちにその襟首をつかまねばならない」
「共産主義者は、いかなる犠牲を辞さない覚悟がなければならない。あらゆる種類の詐術、手練手管及び策略を用いて非合法的方法を活用し、真実をごまかし且つ隠蔽しても差し支えない」

 台湾の李登輝元総統は「中国人は人を腐敗、堕落させる天才だ」と喝破したが、いわゆる漢人の拝金主義、残虐性とレーニンが規定する「共産主義者」とは相似形であり、漢人は本質的に共産主義者の性向を持っている。
 保田與重郎は「彼らの行ふ非倫の行為の強さは、その長期抗戦のもとに、自国を敵国に対するやうに扱ふのである。彼らは自国の民に洪水を与へ、自国の民に悪疾の細菌を与へることを平気でする」(『蒙彊』昭和一三年)と警告している。日中関係が深まるなか、わが国の政財官界に犬養総理の悲劇を繰り返さない見識が備わっていることを期待したい。(青不動)