常夜燈索引

                    

  「綺麗事の革命」などはない 
     (世界戦略情報「みち」平成22年(2670)2月1日第309号) 

▼ドイツでナチス党が政権を獲得した一九三三年夏、オーバーザルツブルグのヒトラーの山荘にナチス党外国報道部長ハンフシュテングルの妻ヘレーネと一二歳になる息子エゴンが招待された。息子エゴンは後に往時を回想して次のように述べている。

「ゲーリングがしょっちゅう姿を見せていた。彼とヒトラーはよく庭の細いタイルの道を歩きながら内緒話をしていた。同じ草地のまわりを何度も何度も歩きまわった。家の前のヴェランダに坐っていると、彼らが目の前を通り過ぎるときに会話のはしばしが耳に入った。話し手はたいていゲーリングの方だった。
『たったいま二〇通の死刑執行令状に署名してきました……』
 わたしがはっきり記憶している言葉はこれだけである。母もその言葉を耳にして、わたしたち二人は華々しい政治の舞台裏のこの陰惨な光景に驚いた」

 一九三三年一月三〇日、ヒンデンブルグ独大統領はアドルフ・ヒトラーを首相に任命、右翼連合内閣が発足した。ナチス党(国家社会主義ドイツ労働者党)から入閣したのはヴィルヘルム・フリック内相とヘルマン・ゲーリング無任所相・航空総監兼プロイセン内相の二名だけだった。
 当日のドイツ紙フランクフルター・ツァイトゥング(ブルジョア系)は「内閣の構成を見ればヒトラー氏はかなりの制限を受けざるをえなかったことが分かる」と書き、その二日後には「政府は首相ではなくフーゲンベルグ(経済相兼食糧・農業相、ドイツ国家人民党党首)を中心にして動いていることが明白になった」と評した。
 一方、ニューヨーク・タイムズ紙は、「内閣の構成はヒトラー氏から彼の独裁的野心の達成の見込みを奪った」と論じている。
 副首相兼プロイセン首相として入閣したフランツ・フォン・パーペン元首相は、自分の取り巻きに対して「われわれは彼を雇ったのさ」、「いったいなにが不足だというのだ?わたしはヒンデンブルグに信頼されている。二ヶ月もしないうちにヒトラーは隅っこの方へ押しやられてキイキイ泣いているだろう」と言った。
▼政権獲得四日後の二月四日「ドイツ国民保護のための大統領令」が発令され、デモおよび屋外政治集会禁止など七つの基本権を停止した。さらにドイツ最大州プロイセン内相のゲーリングに同州の治安支配権を与える大統領令も出され、首都ベルリンをはじめ州警察にSA(突撃隊)と鉄兜団六万人が配属された。
 二月二〇日にはクルップ、ボッシュなどドイツ産業・金融界首脳二五人とヒトラーが会談した。マルクス主義の根絶と国防軍の再建、今後一〇年間の無選挙を約束し、ドイツ財界は感謝の印として最後の総選挙のため三〇〇万マルクの資金援助を申し出た。
 二月二七日、国会議事堂がオランダ人共産主義者ルッペにより放火され、これを共産党の政府転覆の陰謀ととらえたヒトラーは翌日の閣議に、言論の自由、報道の自由、郵便および電話の秘密、集会および結社の自由、私有財産の不可侵性などを停止する大統領緊急令を決議し即時発効した。共産党員四千人が逮捕され、共産党の全活動と社会民主党機関誌も発行禁止となった。
 三月五日最後の国会総選挙で全議席六四七議席中、ナチス二八八、社会民主党一二〇、共産党八一の結果となり、ナチスは共産党員の議員資格を剥奪、議席総数を五六六に減らしてナチスの単独過半数を実現した。三月二三日の新国会で全権委任法が可決、ヒトラー首相は憲法を除く法令の制定にあたり、国会の承認も大統領の署名も必要とせず、外国との条約締結にも議会の批准を必要としない権限を与えられた。
 この間、独立性の高かったドイツ各州自治権が中央政府に回収され一党支配・中央集権体制が確立された。七月までにナチス以外の既存政党は解散ないし禁止された。政権獲得からわずか半年、電撃的な独裁権の確立だった。
▼昨年九月の政権交代以来、行政の長たる鳩山首相は行政の一部局である検察権力によって政治資金問題を追及され、政権与党の最高幹部である小沢民主党幹事長も検察と宮内庁との抗争が続いている。
 政権を握ると言うことは警察・検察権力と軍等の暴力装置と、財務・国税の金権装置を掌握するということだ。現在の政権が議会の多数を占めているだけで、特に暴力装置をまったく抑えられていないことが現在の小沢対検察の攻防戦を見ても明らかであろう。
 鳩山、小沢両氏は政権交代を「無血の革命」と称し、官僚依存から国民への大政奉還を実現すると述べている。暴力装置を握らない革命は有り得ず、今回の「無血革命」は流産する可能性が高い。立法、行政の牽制・抑制機能、検察の独立性などという綺麗事に嵌っているようでは、革命はなしえない。
 政権の大義を貫くため、検察・警察が言うことを聞かなければ、自衛隊を出動させてでも、これを鎮圧することが必要であることは上述の歴史を繙けば分かる話である。
 それができないのならば、「革命」などと言わず「改善」を積み重ねる、と言うべきだろう。(青不動)