常夜燈索引

                    

  戦争の介錯人となった日本 
    (世界戦略情報「みち」平成22年(2670)2月15日第310号) 

▼日華事変の嚆矢となる盧溝橋事件の二年前昭和一〇年に当時北京大学教授だった胡適(こせき)(一九三八年~国民党政府駐米大使)は「日本切腹、中国介錯」論を蒋介石らに唱えた。その骨子は石田憲編『膨張する帝国 拡散する帝国』(二〇〇七年)によれば、以下のようであった。

 中国は絶大な犠牲を決心しなければならない。この絶大な犠牲の限界を考えるにあたり、次の三つを覚悟しなければならない。第一に、中国沿岸の港湾や長江の下流地域がすべて占領される。そのためには、敵国は海軍を大動員しなければならない。第二に、河北、山東、チャハル、綏遠、山西、河南といった諸省は陥落し、占領される。そのためには、敵国は陸軍を大動員しなければならない。第三に、長江が封鎖され、財政が崩壊し、天津、上海も占領される。そのためには、日本は欧米と直接に衝突しなければいけない。我々はこのような困難な状況下におかれても、一切顧みないで苦戦を堅持していれば、二、三年以内に次の結果は期待できるだろう。……満州に駐在した日本軍が西方や南方に移動しなければならなくなり、ソ連はつけ込む機会が来たと判断する。世界中の人が中国に同情する。英米および香港、フィリピンが切迫した脅威を感じ、極東における居留民と利益を守ろうと、英米は軍隊を派遣せざるをえなくなる。太平洋の海戦がそれによって迫ってくる。以上のような状況に至ってからはじめて太平洋での世界戦争の実現を促進できる。したがって我々は、三、四年の間は他国参戦なしの単独の苦戦を覚悟しなければならない。日本の武士は切腹を自殺の方法とするが、その実行には介錯人が必要である。今日、日本は全民族切腹の道を歩いている。上記の戦略は「日本切腹、中国介錯」というこの八文字にまとめられよう。

 これに対し汪兆銘は「胡適のいうことはよくわかる。けれども、そのように三年、四年にわたる激しい戦争を日本とやっている間に、中国はソビエト化してしまう」と反論し、日本との連携に転進し、蒋介石政権と袂を別った。
 胡適にせよ、汪兆銘にせよ、透徹したリアリズムはよく時代を見通していたと言えよう。
▼毛沢東はフルシチョフの米ソ共存路線を批判し、「米国は結局のところ、怖くて核兵器を使えない。したがって、米国の核兵器は、見掛け倒しの張子の虎にすぎない。もし核兵器が実際に使われたとしても、我が国の人口は六億人だから、核戦争でたとえ半分の三億人が死んでも、まだ三億人残るから、人口はすぐに回復する」と豪語した。
 この毛沢東同様、支那の支配層特有の人民=蒼生(雑草)の論理が、胡適の「日本切腹、中国介錯」論にも典型的に表われており、その「自国民を敵国の如く扱ふ、人倫を超絶した人種」(保田與重郎)の強靱さに、わが国は為す術がなかったのだろうか。
 日支事変から大東亜戦争へといたるあの戦争の結果から、その原因を類推するとどうなるだろう。 
 大東亜戦争の目的は東亜の解放であり、大東亜共栄圏の確立だった。戦争の結果、日本は敗戦したが、アジア諸国は英米仏蘭などの植民地から解放され、遠くエジプト、南アフリカなども独立を勝ち取った。そして何より日本は軍部支配から「解放」され、戦後憲法は「戦争放棄、軍備全廃」を謳った。
▼終戦直後の昭和二〇年九月二五日、昭和天皇はニューヨーク・タイムズ紙のクルックホーン記者等と会見し、質疑応答の中で、「最新の武器が将来の戦争をなくすことになるのでは?」との質問に「……武器を使うことで恒久の平和が確立され維持されるとは思えない。平和の問題を解決するには勝者も敗者も軍事力に頼らず自由な諸国民の協調によって達成されるであろう」と答えた。この回答はニューヨーク・タイムズ紙のトップを飾り、日本でも報道された。
『マッカーサー回想記』(下巻)にはこう記されている。

 幣原男爵は一月二四日(昭和二一年)の正午に私の事務所を訪れ、……首相はそこで新憲法を書き上げるさいにいわゆる「戦争放棄」条項を含め、その条項では同時に日本は軍事機構は一切持たないことを決めたい、と提案した。そうすれば、旧軍部がいつの日にか再び権力を握るような手段を未然に打ち消すことになり、また、日本は再び戦争を起こす意思は絶対にないことを世界に納得させるという、二重の目的が達せられる、というのが幣原氏の説明だった。……私は腰が抜けるほど驚いた。

 昭和天皇は日本も調印した一九二八年のパリ不戦条約第一条「締約国ハ国際紛争解決ノ為戦争ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互関係ニ於テ国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争ヲ抛棄スルコトヲ其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ厳粛ニ宣言ス」を幣原喜重郎からマッカーサーに伝達させ、憲法の条規に入れるよう提案されたという。
 日本は戦争に負けることで、戦争のない世界をつくる「戦争の介錯人」の役回りを果たしたのだと言えよう。
(青不動)