常夜燈索引

                    

  ドイツが国際金融勢力に挑戦状! 
         (世界戦略情報「みち」平成22年(2670)6月1日第317号) 

▼享保一五年(一七三〇)大坂の堂島米会所は八代将軍・徳川吉宗によって幕府公認の米取引所となった。世界で初めての「先物市場」の誕生である。
 当時、余った年貢米を換金するため各藩が米を大坂に運んだ。蔵屋敷に運びこまれた米は、入札によって買手が決まった。
 小売に回る米以外は、現物ではなく「米切手」を渡された。これとは別に「建物米」という指標銘柄がつくられ、これが先物取引の対象となった。
「正米取引」は米切手の売買を行なう。米切手は各藩が大坂蔵屋敷に保管している米の「倉荷証券」であり、持参人に米を渡すことを約束した「受取手形」である。いつでも米の現物が受け取れる証券であったから、実需市場といえよう。
 ただ「正米取引」でも両替商が代金や米切手を貸し付ける制度もあり、現代の株式の「信用取引」に類似した取引が行なわれていた。
「帳合米取引」は今日の商品先物取引にあたる。一年を三期に分け、一期は約四ヶ月の期日で、すべて差金決済する仕組みである。現代の先物と違うのは、最初から期限がきても米の現物受け渡しをせず、差金決済をしたことだ。
 買ったものは期日以内に転売し、売ったものは期日以内に買い戻しして、その差額を現金で精算するのが差金決済取引である。保証金として総代金の一%を「敷銀」として預けた。すなわち今でいう九九倍のレバレッジを利かせることができた。
 堂島の米価は全国に速報されていた。和歌山まで三分、京都四分、岡山一五分、広島四〇分という短時間で伝わった。江戸までは八時間かかったが、箱根の山越えに飛脚を使っていたためである。
 これほど速く情報が伝わったのは、旗振りで伝達されていたからだ。中継地点は約一㎞ごとに設置されていた。のちに望遠鏡などで覗いて「ノミ行為」をする輩も出現したため、旗振りも暗号化されていたとの記録が残っている。
 正米は毎日の終値、帳合米は寄付値(始値)と桶伏し値(終値)の記録が現存する。
 市場参加者は米商人や大名、旗本、豪農などで、多くの人々が市場に参入した。
 現在世界一の先物取引所であるシカゴ商品先物取引所の館内放送では、「この取引所のルーツは日本の先物取引であり、私たちの市場は世界で最初に整備された日本の先物取引市場を参考に開設されました」と解説している。
 こうした高度に整備され、ヘッジ機能から出発した堂島米会所も幕末には投機的要素があまりに強くなり、現物との乖離が激しくなったため、明治政府はこれを「賭博の巣窟」と断定して明治二年に閉鎖した。
▼さて、ドイツ連邦金融監督局は去る五月一八日、「過度の価格変動」が金融システムの安定を損なう恐れがあるとして、一部のユーロ圏の国債と、それに関連したクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)、金融株一〇銘柄について、資産裏付けのない空売りを一九日午前零時から禁止すると発表した。禁止措置は二〇一一年三月三一日まで続く。
 さらに五月二六日、国債や金融株に加え、すべての上場株を対象に、現物の金融商品の裏付けのない空売り規制を強化すると発表した。
 ヨーロッパ市場安定のため、投機的な売り注文を抑えこむのが狙いで、効果を高めるため、ドイツ政府はEU全体での導入を働き掛ける。
 さらに二八日には、ドイツ連邦金融サービス監督庁のヨヘン・サニオ長官が、「ドイツ政府はこの措置について、恒久化することを計画している」とも語っている。
▼空売りや信用取引などを含む金融派生商品(デリバティブ)の想定元本総額は昨年末で六京円(六〇〇兆ドル)といわれており、これは世界のGDPの約一〇倍にのぼる。
 この「賭博の巣窟」の最大の拠点がロンドンであり、ドイツ政府の空売り規制に対して、「空売り禁止で取引の厚みが減る」などとして猛反発したのが英国だった。
 今回のドイツ政府の措置は国民国家と国民経済とを金融グローバリズム、投機から守るためのものであり、金融グローバリズムの化身である英国を筆頭とするヴェネツィア型金融勢力への挑戦状である。
 すでにオランダ議会ではドイツと同様の空売り禁止規制が賛成多数で可決されるなど、ギリシア危機に端を発したEU諸国の金融危機からの自衛が始まっている。
 世界を席巻している金融グローバリズムの急所は「空売り」と「信用取引」による信用創造のカラクリの中にある。レバレッジ、すなわち梃子の原理という詐術に、GDPを遙かに超えた数字現象=貨幣現象増殖のマジックが潜んでいるのだ。
 これを白日の下に晒して、禁止したドイツ政府の勇気ある決断は意図的にわが国マスコミで黙殺されている。
 維新の美名の下でグローバリズムにしてやられ、堂島米会所の破綻を経験した日本の発言が今こそ世界から待ち望まれているにも拘わらず、である。(青不動)