常夜燈索引

                    

  スリランカと日本の深い関係 
      (世界戦略情報「みち」平成22年(2670)8月1日第321号) 

▼一九五一年九月六日、サンフランシスコ講和会議において当時セイロン(現在スリランカ)の大蔵大臣であったジャヤワルダナ氏は次のように演説し、第二次世界大戦時の戦時損害賠償放棄を表明した。

 ……何故アジアの諸国民は、日本は自由であるべきだと切望するのでしょうか。それは我々の日本との永年に亘るかかわり合いの故であり、又アジア諸国民が日本に対して持っていた高い尊敬の故であり、日本がアジア緒国民の中でただ一人強く自由であった時、我々は日本を保護者として又友人として仰いでいた時に、日本に対して抱いていた高い尊敬の為でもあります。
 私は、この前の戦争の最中に起きたことですが、アジアの為の共存共栄のスローーガンが今問題となっている諸国民にアピールし、ビルマ、インド、インドネシアの指導者の或人達がそうすることによって自分達が愛している国が解放されるという希望から日本の仲間入りをした、という出来事が思い出されます。
 セイロンに於ける我々は、幸い侵略を受けませんでしたが、空襲により引き起された損害、東南アジア司令部に属する大軍の駐屯による損害、並びに我国が連合国に供出する自然ゴムの唯一の生産国であった時に於ける、我国の主要産物のひとつであるゴムの枯渇的樹液採取によって生じた損害は、損害賠償を要求する資格を我国に与えるものであります。
 我国はそうしようとは思いません。何故なら我々は大師の言葉を信じていますから。
「もろもろの怨みは怨み返すことによっては、決して鎮まらない。もろもろの怨みは怨み返さないことによってのみ鎮まる。これは永遠の真理である」
 この言葉はアジアの数え切れないほどの人々の生涯(生活)を高尚にしました。仏陀、大師、仏教の元祖のメッセージこそが、人道の波を南アジア、ビルマ、ラオス、カンボジア、シャム、インドネシアそれからセイロンに伝え、そして又北方へはヒマラヤを通ってチベットへ、支那へそして最後には日本へ伝えました。これが我々を数百年もの間、共通の文化と伝統でお互いに結びつけたのであります。この共通文化はいまだに存続しています。それを私は先週、この会議に出席する途中日本を訪問した際に見つけました。又日本の指導者達から、大臣の方々からも、市井の人々からも、寺院の僧侶からも、日本の普通の人々は今も尚、平和の大師の影の影響のもとにあり、それに従って行こうと願っているのを見いだしました。我々は日本人に機会を与えねばなりません。

▼ソ連はじめ日本から賠償金を取り立てようとしていた国々は、戦勝国イギリス統治下にあった小国セイロン代表が、このような寛仁大度を示したことで、おのれの貪欲で浅ましい要求を持ち出せなくなったと言われている。
 ジャヤワルダナ氏の演説に対して、講和会議首席全権の吉田茂総理大臣は「閣下、私は、貴殿が平和を渇望するアジアについて、サンフランシスコにおける対日講和会議で演説されました内容とセイロン政府の日本に対する寛容な姿勢に感動いたしました。ここに貴殿に対して感謝の意を表することをお許し願う次第でございます。すべての日本人が貴殿の気高い演説に深い感銘を受けましたことを、国民を代表してお伝え申し上げます」という礼状を送っている。
 ジャヤワルダナは一一人兄弟の長男としてセイロンの最高裁判所判事の息子として生まれ、ロイヤル・コロンボ大学で学んだ。クリケットの選手として世界的な大会に出るなど、英植民地のエスタブリッシュメントとして恵まれた境遇にあったが、大学時代ジャヤワルダナはキリスト教から仏教に改宗している。何かが彼をアジアに回帰させたのであろう。
 法律家としての活躍は短く、一九三八年、セイロン国家機構(CNN)の活動家となって政治運動に入り、一九四六年、国民連帯同盟へ加入、一九四七年、初代大蔵大臣として入閣し、一九五一年、サンフランシスコ講和会議にセイロン代表として出席して、上述の如く「日本の掲げた理想に独立を望むアジアの人々が共感を覚えたことを忘れないで欲しい」と述べわが国が国際社会に復帰する道筋をつくっている。
 一九七七年の英連邦下セイロンから、スリランカへの建国に貢献、一九七七年首相に、翌七八年には初代大統領に選ばれている。
▼ジャヤワルダナは一九九六年に死去するが、遺言で「右目はスリランカ人に、左目は日本人に」と自らの角膜を日本人に提供し、今でも日本人の目に活かされているという。
 二〇〇二年、日本・スリランカ国交五〇周年の祝賀式典が行なわれた。日本政府からスリランカ外相に小型テレビなどハイテク製品が贈られた。スリランカ政府からは五〇組の角膜が贈られ、日本の皆さんのお役に立ててほしいと言われたという。ジャヤワルダナの精神は今日なお両国の親密な関係に生きているのだ。 (青不動)