常夜燈索引

                    

  税制大転換と家族解体への策謀 
        (世界戦略情報「みち」平成22年(2670)9月1日第322号) 

▼北魏・孝文帝の時代(四八五年)に均田制が初めて行なわれたと言われている。これは民を戸籍に登録し、労働可能な一定年齢になると口分田(露田・麻田)と、売買・世襲が認められる永業田(桑田・世業田)が給付され、その国家からの耕作地の給付に対し、定額の租庸調(穀物、労役、繊維)の納税を求める制度である。
 均田制は土地と国民を把握し、税収を恒常的に上げる仕組みで、当時の律令制国家の根幹をなす制度であった。朝鮮半島やわが国にも唐律令とともに均田制が輸出され、日本では班田収授法として実施された。
 日本書紀、六四六年正月の改新の詔の条で「初めて戸籍・計帳・班田収授法をつくれ」とあるが、実際の班田収授法の開始は初めて戸籍が作成された六七〇年か飛鳥浄御原令が制定された六八九年以降と考えられている。
 現存している養老律令によると、班田収授は六年に一度行なわれ、戸籍も同じく六年に一度作成された。
 戸籍上、新たに受田資格を得た者に対して田が班給され、死亡者の田は収公された。班給面積は 口分田(一段=三六〇歩)で良民男子が二段、良民女子で一段一二〇歩(男子の三分の二)、官戸の公奴婢は良民男女に準じ、家人・私奴婢は良民男女の三分の一(男子二四〇歩、女子一六〇歩)だった。
▼班田収授法の基礎は籍帳制度(戸籍制度)で、そこには六年ごとに姓名、身分、年齢、続柄などの情報が「戸」ごとに記入されていた。この籍帳に基づいて租(穀物)のみならず庸や調の賦課が決定された。
 ところが平安時代に入ると籍帳制度は行き詰まった。口分田を貰えなくとも租庸調を負担したくないとして浮浪・逃亡する人々が出たこともその原因の一つである。さらに、当時の日本には「戸」に集約される構成員のはっきりした家族が存在しなかったため、支那式の家計を共にする人々が構成する「家」=「戸」制度が馴染まなかったようである。日本では夫婦関係が流動的で、お互いの財産を持ち寄って同棲する関係で、兄弟姉妹なども同様だった。したがって家族というものがどのような範囲で確定されるのかが不明確だったため、国としては戸主の継承関係を確認し、その周囲の関係する人々をくっつけて家族として「戸」を作成し、戸籍とした。家族の構成員の離合集散が頻繁で、その度にこれを追跡して戸籍を作成、変更する作業は非常に面倒で、次第に作業は作文され、このため戸籍と現実の生活実態がかけ離れたものになるのは自然な趨勢だった。
 戸籍の作成に当たる国司や郡司は、支配下の民の租税負担能力によって都の太政官から勤務評定がなされるため、調庸がかからず口分田を貰える女性の戸籍が多いことを歓迎した。そのため死んでしまった女性を隠すなどの虚偽申告が相次いだ。
 たとえば、延喜二年(九〇二年)の阿波国戸籍には一〇〇歳以上の女性が多数存在し、明らかに自然な年齢分布と違う人口構成の異常が見られる。
 このように、律令国家の籍帳制度は次第に実態と乖離し崩壊した。その後政府は「戸」への課税を事実上放棄し、土地・田への課税に方針転換したことが律令国家の終焉に直結した。
▼この七月、東京都足立区で都内の男性で最高齢の一一一歳とされていた加藤宗現氏の白骨化遺体が見つかり、長女(八一歳)と孫(五三歳)が加藤さんが生存しているように装い遺族共済年金など総額千八百万円前後を不正受給したとして逮捕された。
 これをきっかけに全国で百二十歳、百五十歳の戸籍上の高齢者が発見され、関係する不正も暴かれつつある。
 平安時代以来、お上の目を誤魔化すための遣口は大同小異だが、こうした事件の結末が税制の大転換につながることは歴史に鑑みれば明らかだ。
▼「戸」の構成員である親子がその生死を隠し、あるいは親子兄弟が殺し合ったりする事態は家族の事実上の崩壊を意味すると言えよう。戸籍・家族という単位が無意味になったとすれば、国家が国民を把握して徴税する単位としては、最終的には個人に帰着せざるを得ない。
 つまり、今後形骸化した戸籍制度は廃止され、アメリカ流のIDカードによる国民の個人管理、いわゆる国民総背番号制の導入に進むことになろう。さらに徴税も個人への人頭税が課せられることになると予想される。
 人頭税は納税能力に関係なく、全ての国民一人一人に一定額を課す税金である。消費税と同様に所得のない人にも課税する税だが、消費税は消費額に比例して課税額が増えるのに対し、人頭税の税額は一律で所得の少ない人の負担が大きい税制である。
 連日にわたる国家財政の危機、財政破綻、借金地獄、さらには百二十歳、百五十歳の親を食い物にする貪欲な子どもたち等々の報道は政府・財務省の税制大転換への宣伝、煽動に他ならない。政府・財務省は消費税の導入や、カモフラージュされた一種の人頭税の導入を通して家族制度の最終的な解体へ突き進んでいるのだ。
(青不動)