常夜燈索引

                    

  木戸幸一「あれしか仕様がなかった」 
          (世界戦略情報「みち」平成22年(2670)9月15日第324号) 

▼昭和一五年から二〇年にかけて内大臣を務めた木戸幸一は昭和五〇年に次のような回顧をしている。

 私は、昭和の歴史を顧みて、一口でいえば、「あれしか仕様がなかった」と考える。(中略)近衛の性格がもっと強かったら、という人もいる。また平和を願われた陛下が直接に指導をなされたら、という声も聞く。しかし昭和の歴史の流れは、陛下や西園寺公や我々の希望や行動と次第にかけ離れて、かかわりのないところに展開されていったところに問題があった。

 木戸幸一は二・二六事件にあたり、勝ち馬に乗ろうと鳩首会談を続けて断固たる方針を出せなかった軍事参議官会議や川島義之陸軍大臣の狼狽ぶりを尻目に、内大臣秘書官長として「反乱軍鎮圧」の方針を建言して、第二師団長の梅津美治郎や参謀次長の杉山元らごく少数の厳罰方針を打ち出した軍人とともに、昭和天皇の信任を獲得した。

 この際最も大事なことは、全力を反乱軍の鎮圧に集中することである。内閣は責任を感じて辞職を願出て来ると思われるが、若し之を容れて後継内閣の組織に着手することになれば、反乱軍の首脳はもとより、反乱軍に同情する軍内部の分子は之を取引の具に供し、実質的には反乱軍の成功に帰すこととなると思う。であるからこの際は陛下より反乱軍を速に鎮圧せよとの御諚を下されて、この一本で事態を収拾すべきであり、時局収集のための暫定内閣という構想には絶対にご同意なき様に願い度い。

と木戸は湯浅宮相を通じて上奏し、陛下も「全く同じ」お考えで、「早く事件を終熄せしめ、禍を転じて福と為せ」との方針を出された。
 陛下は「最も信頼せる股肱たる重臣および大将を殺害し、自分を、真綿にて首を締むるが如く、苦悩せしめるものにして、甚だ遺憾に堪えず、しかしてその行為たるや、憲法に違い、明治天皇の御勅諭にも悖り、国体を汚し、その明徴を傷つくるものにして、深く之を憂慮す」として、「陸軍当路の行動部隊に対する鎮圧の手段実施の進捗せざる」のに強いご不満を表明され「朕自ラ近衛師団ヲ率イ、此ガ鎮圧ニ当ラン」とまで仰って本庄繁侍従武官長を恐懼させている。
▼木戸は内大臣となり、梅津美治郎は陸軍次官、杉山元は陸軍大臣となって宮中と陸軍はいわば統制派の二者によって支配され、昭和天皇はその路線の上に乗ることとなる。
 二・二六事件の翌年、廬溝橋事件は拡大し、参謀本部の不拡大方針にもかかわらず、戦いは支那全土に広がった。戦いを収束させることができなかった責任者は、杉山陸軍大臣と梅津次官であった。
 なぜ大東亜戦争、なかんずく日米戦を回避できなかったのか。
 開戦前の日米交渉で最大の難問は支那からの日本軍の撤兵問題だった。陸軍は自ら撤兵を言い出すつもりはなく、海軍も勝ち目が薄くとも百年養った兵を戦いに出せないとは口が腐っても言い出せない自縄自縛に陥っていたことはよく知られている。
 高松宮、山本五十六、近衛文麿などは、日米交渉の切札として近衛・ルーズベルト会談を行ない、その会談席上より支那からの撤兵を渋る陸軍に天皇の優諚を賜わろうと計画していたという。
 そのとき木戸は「十年ないし十五年の臥薪嘗胆を国民に宣明し、高度国防国家の樹立、国力の培養に専念努力すること」と悠長な助言を近衛になし、この一種の韜晦を持出して陛下による優諚案を潰し、打開の糸口は消えた。
 木戸は、支那からの撤兵をルーズベルトに約束すれば、対支不拡大方針を主張していた石原莞爾や多田駿などが復活し、二・二六事件で現役を逐われた真崎甚三郎や小畑敏四郎などが表舞台に復帰し、さらに自ら主導した二・二六事件叛乱部隊鎮圧の方針自体が問題にされることを恐れたがゆえに、こうした態度に出たのではないかと言われている。
▼日本は大東亜戦争で、欧米の植民地として抑圧されてきたアジア諸民族の解放を謳い大東亜共栄圏の確立を戦争目的とした。
 日本は英米に敗れたが、アジア、アフリカ、中東の被抑圧民族は結果的に解放され、多くの国が独立を勝ち取った。わが国は自ら敗れたことで白人優位の世界、欧米の植民地を解放した。 大東亜戦争がなければ、いまも支那、朝鮮、ベトナム、マレーシア、シンガポール、印度、ペルシア、アラビアは植民地のままだったであろう。
 そして日本自体も、敗戦によって「自由と民主主義」を獲得し、自らを解き放った。
 歴史的にいえば、源頼朝の鎌倉幕府以来の武家=軍による支配構造が、大東亜戦争の敗戦によりわが国から消え去ったのである。昭和天皇の平和への希求を幾度となく軍が妨害したことは今日ではよく知られているが、その御軫念(しんねん)、御憂慮は戦後は消えた。
 木戸の「あれしか仕様がなかった」という言葉には、戦後の解放を見越した人智を超えた真の戦争の意味が込められているのだろうか。 (青不動)