常夜燈索引

                    

  アセアンが日本に寄せる無念の想い 
          (世界戦略情報「みち」平成22年(2670)10月1日第324号) 

▼今年七月二三日、ベトナム・ハノイで第一七回アセアン地域フォーラム(ARF)が開かれた。会議冒頭で、議長国ベトナムが「南シナ海での支那軍の行動を懸念する」と表明した。
 続いて、クリントン米国務長官は、「他国と同様、南シナ海における航行の自由、アジア共通海域へのアクセスと国際法の尊重は米国にとっても国益である。米国は強制ではなく、協力的外交による領土問題解決を支持し、いかなる武力の行使・威嚇にも反対する。米国は中立的立場を守るが、南シナ海での領有権などの主張は国連海洋法条約に基づくべきだと考える。米国は二〇〇二年のアセアン・支那による『行動宣言』を支持し、関係国が新たな『行動規範』に合意するよう慫慂するとともに、同宣言に従ったイニシアティブと信頼醸成措置を促進する用意がある」と述べ、わが国の岡田克也外相がこれに同調した。
 さらに十カ国以上のアセアン各国が一斉に支那軍の南シナ海領有化への行動に懸念を訴えた。予想外のアセアン諸国の「支那包囲網」の大合唱に支那外相楊潔篪(ようけつち)は怒り心頭に発して真っ赤な顔で席を蹴って議場を飛び出した。
 北京政府は事前に南シナ海の問題を取り上げないよう米国やベトナムなどに働き掛けていた。だが、蓋を開けてみればベトナムと米国ががっちり連携し支那包囲網が出来上がっていたことを知らされ、激怒したのだった。
 支那の楊外相は異例の展開に驚き、会議にどう臨むべきか本国に照会するため一時間もの間中座し、本国からの指示をメモにして漸く議場に戻った。
 楊外相はそのメモを片手に三〇分にわたって反論をまくし立てた。
「米側は支那側の事前の忠告を無視し、南シナ海の問題を会合で取り上げた。米側発言は支那に対する攻撃であり、『南シナ海情勢は深く憂慮すべきもの』といった事実とは異なるイメージを国際社会に与えるものである。南シナ海において平和は維持されており、アセアン加盟の各国も脅威は存在しないと言っている。強制力を使っているのは、むしろ志那以外の国である。支那とアセアンは南シナ海に関する『行動宣言』に合意しており、米国は二国間協議で解決すべき領土問題を国際化すべきではない」と述べた。これに対し、他の国が再び反論し、楊外相との間に激しい応酬が続いた。 
 このARFでは、従来アセアン諸国に日韓支印豪ニュージーランドで構成されていた東アジア首脳会議に今後は米露も招くことが決定された。
▼ARFの二週間後、米海軍横須賀基地配備の原子力空母ジョージ・ワシントンは八月八日、ベトナム中部ダナン沖合の南シナ海に到着した。南シナ海の南沙(スプラトリー)、西沙(パラセル)両諸島の領有権をめぐってベトナムと北京政府は対立している。同空母の訪問は、米国とベトナム間の国交正常化十五周年祝賀の一環とされる。ベトナム戦争を戦った両国ではあるが、二〇〇三年には米軍艦船が戦後初めてベトナムに寄港、以来両国の軍事協力は活発化している。
 今年二月、日本が官民あげて受注を目指していたベトナム中部ニントゥアン省の原子力発電所建設の第一期工事(原発二基)をめぐり、ベトナム政府がロシア国営原子力企業ロスアトムに発注する方針を固めた。
 軍事や資源協力を武器にしたロシアのプーチン首相のトップセールスで、フランス勢と日本勢を含めた三つ巴の争奪戦に競り勝った。プーチン首相は、原油・天然ガスに潜水艦などの兵器のセット販売を含めて、包括的な提携をベトナムに提案したといわれている。
▼紀元前一一一年から約千年もの間、ベトナムは支那の支配下に置かれ、その後も長く冊封・朝貢体制を余儀なくされてきた。ベトナム戦争終結後も、ベトナムは中越戦争や赤瓜礁海戦などにおいて支那軍と直接に砲火を交えており、その脅威と覇権主義を肌で感じている国家、民族である。経済・軍事・人口面で膨張が続く支那帝国の圧力にいかに対処して、ベトナムの国家と民族を守り存続させていくか、地続きの国であるだけに、生き残りを賭けた地政戦略の苦労は並大抵ではない。
 かつての仇敵米国を使嗾して巧みに彼らの利も計りつつ支那帝国主義への楯の役割を演じさせ、北の大国ロシアをも引きずり込んで支那を挟撃せんとする遠大な構想を押し進めている。
▼七月のハノイでのARFの結果を、欧米やアセアン諸国の新聞は「ベトナムの大勝利」、「米の対中政策の転換」と大きく報道している。わが国では、ARFで韓国哨戒艦「天安号」の沈没事件がどう扱われたかだけに報道が集中するという近視眼症状を呈した。
 ベトナムでアセアンプラス米に南シナ海での行動を制約された支那軍は、九月七日、最も柔らかい脇腹たる日本領海の尖閣諸島に喰らいつき、案の定屈服した日本政府を尻目にその果実を貪っているが、ベトナムが支那帝国主義との戦いのために米露とさえ組んだリアリズムと、日本に抱いている無念の思いとを、われわれはしっかり噛みしめなければならない。(青不動)