常夜燈索引

                    

  「漫画」の画期性と伝統 
   (世界戦略情報「みち」平成22年(2670)12月1日第328号) 

▼静まり返った小学校の教室の一齣に「しーん」という文字を描き入れた漫画家は手塚治虫。これが初めてのこと。心理的に衝撃を受けた主人公の背後に「ガーン」と描き入れた漫画家は川崎のぼる。当たり前のように使われる漫画の技法だが、最初に描くには繊細な創造力が要求される。
 二〇年前にフランスの書店主が漫画を評して「日本人が初めてオリジナルの文化を輸出した」と語ったが、今や漫画は Comic strip でも Cartoon でもなく、MANGA という世界語。日本の漫画がこれほど進歩発展した理由の一つとして、擬態語、擬音語(擬声語)の多さが挙げられる。「しーん」や「ガーン」に限らず、漫画中に擬声語は頻繁に登場する。擬声語が多いのは膠着語族の特徴だが、日本語と韓国語は群を抜く多さだ。しかし、漫画の発展は擬声語だけでは説明できない。
 文字の要素も大きい。漢字、仮名、アルファベットだけでなく、作者独自の創作文字まで織り交ぜることすらある。描き文字で表現される擬声語に限らず、吹き出し中の文字の大小、配列は、出鱈目なまでに自由だ。
 こうした自由な表現は、すでに仮名の創成期に見られる。仮名の名筆とされる三色紙(継色紙、寸松庵色紙、升色紙)の文字は、ときに大きく、ときに小さく、文字を重ねたり連ねたりと、じつに自由奔放だ。
「源氏物語(末摘花之巻)」に「手は さすがに文字つよう 中さだのすぢにて 上下ひとしく書い給へり。みるかひなう うちおき給ふ」(行の長さや高さをそろえて書いた手紙は時代後れ)との文章がある。漫画の文章は時代の最先端なのかもしれない。
▼世界初の漫画は何か。アルタミラ壁画やポンペイ遺跡など意見は分かれるが、一般的には「鳥獣戯画」(鳥獣人物戯画)とされる。なぜ「鳥獣戯画」なのか。そこには動く竹竿の残像が描かれ、あるいは宙を飛ぶ猿の背後に流線(効果線)が描かれているからだ。この技法は現在も使われるが、最初は「鳥獣戯画」だ。描き手には残像や流線が見えていたのだろう。
「鳥獣戯画」の作者は鳥羽僧正覚猷とされるが、一人の筆になるものではなく、覚猷が収集した複数の手による絵巻。覚猷は当時の仏教界、政界に批判的で、天台座主の地位まで上り詰めながら、僅か三日でその座を退いたところにも、彼の反骨精神が見てとれる。
 江戸後期の浮世絵師だった葛飾北斎の「北斎漫畫」には、職人の道具や人物の雑多な表情、遠近法や誇張法が描かれており、今日の漫画技法の基本が完成している。北斎の浮世絵の中の、波間の富士を描いた「神奈川沖浪裏」は、ゴッホが賞賛し、西欧芸術に多大な影響を与えたことで知られる。超高速写真で撮影された波がこの静止画に見事に再現されていることが確認されている。奇行で知られる北斎だが、「鳥獣戯画」の作者と同様、動くものを静止させて認識できる心眼を持っていたと考えられる。
▼今日なお漫画の描法は進歩している。昭和四〇年代に大人気だった『巨人の星』という漫画では、主人公の闘志を、瞳の中に燃える炎で表現した。瞳の中に炎を描いた最初の作品だが、以降、目の中に欲望や感情を表現する手法は無数の変化を見せる。心の動きを静止画に閉じ込める手法は、平安期の絵巻物に原点があり、日本画もその延長にある。日本画は、描き手の感情を素材や構図に重ねることが多い。雪原に一羽の鶴を描くにしても、鶴を通して、描き手の恋情や哀しさ、ときには憤りまで表現する。それは十七文字の中に心情を描く、俳句の世界に通じる。こうした土台があったからこそ、日本の漫画は独特の発展を遂げたと思われる。
▼漫画が品性下劣で猥雑なのは当然のこと。下劣で猥雑だからこそ、庶民の子弟に愛され、反体制、反権力の温床となった。戦前戦中の一時期、軍部指導の、あるいは軍の顔色を窺った「国策漫画」の時代があったが、それは漫画史の空白時代。この時期に筆を断っていた漫画家にも愛国心は溢れていたが、権力に阿(おもね)る芸術など存在しない。漫画が芸術か否かの議論はさておき、戦後一気に開花した漫画文化は、その後もずっと猥雑で反権力でありつづけた。
 ウランちゃんの白いパンティに興奮し、しずかちゃんの入浴シーンに期待する少年たちの秘密の楽しみが、世の父母や先生方の攻撃対象となるのは必然。その延長に、学生運動華やかな時代の「忍者武芸帳影丸伝」があった。信長、秀吉に敢然と戦いを挑む主人公影丸に、学生たちは自分を重ね合わせた。その数年後には、東大安田砦の攻防(昭和四四年)で学生たちが「右手にジャーナル、左手にマガジン」を持つようになる。
▼自公連立政権時代の麻生太郎首相が「アニメ・漫画の殿堂」の構想をぶち上げる前から、漫画は表社会の文化となり、漫画を学科やコースにする四年制大学が今日では一〇校を越える。裏舞台の主、反体制の嫌われ者が表舞台に回れば、牙を抜かれた狼同然となる。縮こまった狼は出版不況のA級戦犯。木に登った豚や、哀れ。
(黄不動)