常夜燈索引

                    

  支那の大天狗が神国日本で敗退 
        (世界戦略情報「みち」平成22年(2670)12月15日第329号) 

▼自惚れたり、得意げになることを「天狗になる」という。天狗といえば鼻が高い山伏の姿を想像するが、伝来当初は文字通り「天の狗」という物怪であって、『日本書紀』の巻第二三(舒明天皇)に初めて登場する。日本の天狗史ではその後長い間、鳶や烏の恰好をした鳥類天狗が主流で、鼻高の修験者という天狗のイメージはむしろ後世になってからのものだ。
 安倍晴明などの陰陽師が呪力で妖怪と対峙し、源頼光が武力で鬼と戦って名声を博したように、天狗は天台宗の僧たちの敵として出現している。愛宕山の太郎坊も日光山東光坊も、日本全国四八霊山に棲む天狗集団は、すべて天台宗の宣伝用に作り上げられたものだ。そうした状況下の康保三年(九六六)に、唐から大天狗の首領が飛来して来た。是害坊、正しくは雲旦(支那)の治羅永寿という天狗である。是害坊は愛宕山の天狗、日羅坊に得意げに語る。
「雲旦は大国のうえ釈迦の生地である印度にも近く、験力に優れた僧も多いが、我々があらかた抑え込んだ。日本にも仏教を学ぶ僧が多いと聞く。そこで此度、日本の僧の修業を妨げてやろうと飛来したのだ」
▼天台の僧にやられっ放しの天狗集団としては、日頃の鬱憤を晴らしてもらいたい。だが、唐の天狗に日本の僧が危害を加えられることは、日本国の名折れになる。日羅坊は複雑な思いに駆られながら是害坊を比叡山に案内する。老法師に化けた是害坊が木陰に潜んでいると、余慶という僧が通りかかる。手始めにこの僧を血祭りに上げようと考えた途端、是害坊に鉄火輪が襲いかかる。余慶の火界呪(火焔の術)に襲われた是害坊は、ほうほうの体で逃げ出す。甘く見過ぎたと反省した是害坊は、覚悟も新たに次の僧を待つ。現れたのは飯室の深禅権僧正で、是害坊を見るや、金加羅童子と制多伽童子を繰り出し、打ち据える。
 戦意を喪失して帰国しようとする是害坊のところに、日本の大天狗、比良山聞是坊が現れて諭す。「文徳天皇の女御染殿后は、石山の行者紺青鬼となりて悩まし奉りしを、智証大師加持し給ひければ、その後は近江の水海に隠れ侍りしかども、恥をかくことはなかりき」――石山の行者が紺青鬼という鬼となって染殿に取り憑いたが、智証大師の祈禱で退散させられた。以降、鬼は近江の海(琵琶湖)の底に隠れたので恥をかくことはなかった。あなたも日本に来た以上、失敗したら永遠にその身を隠す気構えで、再度挑戦しなさいと。
 三度比叡山麓に隠れた是害坊の前に現れたのは、前後左右を童子たちに守られた天台座主慈恵大師の一行だった。こうなると恥も外聞もない。脱兎の如くその場から逃げだした是害坊だったが、忽ち捕らえられ、五体を打ち砕かれ倒れ伏してしまう。瀕死の状態で助け出された是害坊に日羅坊が説教を垂れる。「小国だと嘲笑し、僧を侮って来たのだろうが、日本は神国であり、いかに大国の天狗であろうと敵うわけはないのだ」
▼『是害坊絵巻』の舞台は平安時代の中期だが、実際に物語が書かれたのはそれより三百数十年後の鎌倉時代末期、延慶元年(一三〇八)のこと。さらに半世紀以上経った頃に爆発的な人気絵巻となる。現在、完本として残されているのは曼珠院(京都)の『紙本著色是害坊絵巻』(文和三年[一三五四]写本)のみだが、他に住友本、慶應本など欠落写本がいくつか残っている。なにゆえこの時代になって是害坊天狗の物語が愛好されるようになったのであろうか。
▼元弘三年・正慶二年(一三三三)の六月、隠岐を脱出した後醍醐天皇が討幕の兵を挙げ、鎌倉幕府が滅亡、建武の中興が成る。しかし三年後には足利尊氏が光明天皇を擁立し、南北朝対立時代を迎える。後醍醐帝の崩御後、南朝方勢力は急衰するが、足利幕府内の対立(観応の擾乱)など、国内は混乱混迷が続いていた。
 大陸では一三五一年に紅巾の乱が勃発。一三六八年には洪武帝(朱元璋)が万里の長城以南を統一し、明が建国される。明は建国後の混乱を乗り越え、洪武帝の息子である永楽帝の代には、アジア全域からアフリカ東海岸にまで及ぶ広大な地域に朝貢関係を結ばせるようになる。
 征西大将軍として熊本を守っていた後醍醐の皇子・懐良親王が、明から「日本国王」を拝受し(南朝正平二二年[一三六七])、勢力を拡大した時期があった。足利三代将軍義満もまた苦労の末に明使からの詔書を拝跪して受け取り、応永八年(一四〇一)に日本国王の称号を獲得し、明との勘合貿易の権利を掌中に収めている。
 支那大陸で明が強大化し、不安定な日本の政権がその冊封を受けて活路を見出そうとする直前に、大衆の間で『是害坊絵巻』が人気を博したのは当然のことである。
 支那が強大化し、圧力をかけてくる今こそ、大衆が「日本は神国なり」と覚醒する絶好の機会が到来したのだと考えるべきだろう。  (黄不動)