常夜燈索引

                    

 ユーロ新秩序対新経済危機とTPP 
        (世界戦略情報「みち」平成23年(2671)1月15日第330号) 

▼一九四〇年七月二五日、独ヒトラー政権のフンク経済相は「大戦後の欧州経済体制の新秩序」に関する声明を発表し、ドイツは「ヨーロッパ経済体制新秩序」の樹立を目指すことを明らかにした。
 当時ドイツはイタリアとの枢軸関係を核に、オーストリアなどを併合し、ポーランド、フランス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、デンマーク、ノルウェーを征服しヨーロッパ中央部をほぼ掌中に収めていた。
 この統一ヨーロッパの版図の上に、ドイツ・マルクを共通通貨とする経済共同体創設を唱えたのである。
 この経済共同体は域内分業体制による緩やかな自給自足を基本に、金本位によらない統一ヨーロッパ通貨・マルクを労働本位に基礎付け、英米に対抗しうるヨーロッパ共同体を実現するものだった。
 英国からの度重なる対独戦への参戦要求を拒んできた米ローズベルト政権はこの「ヨーロッパ経済体制新秩序」構想に強い衝撃を受けて、ドイツを盟主とするヨーロッパ経済共同体を潰すべく参戦の腹を固めたといわれている。
 世界の兵器庫として第一次大戦時に英仏などに莫大な兵器を売り、一躍にして世界の金の七割を保有する世界最大の債権国になった米国にとって、金本位制を否定し、米英を市場から排除するヨーロッパ経済共同体の実現は、米国資本主義の存立を揺るがす一大事であった。七つの海を支配した英国にとってもヨーロッパ大陸の統一と英米の排除は死活問題であったことはいうまでもない。
▼今日では金本位制をとる国はなく、国家の信用を基礎とする管理通貨体制に移行しているが、当時は金保有の多寡に金融が羈束される、病床の大きさに合わせて患者の足を切り取るが如き経済運営が行なわれていた。
 ヒトラーが政権を掌握した一九三三年は世界恐慌のまっただ中で、ドイツ経済は為替制限、外債支払い停止措置を取るなど六〇〇万人の失業者を抱えてどん底状態にあった。
 一方で仕事を求める大量の労働者があり一方に技術と生産設備がある中で、両者を媒介する信用(金融)と需要があれば経済の車輪は回るとヒトラーは主張、これを財政の魔術師といわれたドイツ帝国銀行総裁・経済相シャハトが実体経済の中で具体化して、わずか三年で失業者を五〇万人に激減させた。
「新しい仕事を作り得る人(企業)に対し国家が必要な金融を提供する」という簡単明瞭な原則をシャハトは実行した。
 普通こうした信用の無制限な拡張は、物価や賃金の騰貴、銀行・金融の破綻、為替の下落、資本の海外逃避などの困難を招くといわれる。
 ドイツでは物価、賃金、為替、資本の輸出入が国家権力によって一定の水準に厳格に維持されていた。さらに、非生産的な投機(不動産、奢侈品への投機など)を目的とする金融は一切禁止され、アウトバーン建設などの国家四カ年計画や再軍備のための信用供与だけが許されていた。
 企業は当該目的に適った金融を得るため、一定の租税を支払うという条件の下で発行することができる「租税信用証券」、さらに労働力を持つ企業がその労働力に応じて振り出すことができる「労働創造手形」を使い、これを政府機関の裏書のもとドイツ帝国銀行で割引して現金化し、事業資金とすることができた。
 物価・賃金が統制されているためインフレにならず信用だけが拡張され、それが就業機会増大に直接に繋がった。その頃の国家や企業の経済活動を規制していた金正貨準備高やその比率などまったく問題とならず、現実にドイツ経済は回転を始め景気は良くなった。
 金本位制に基づく従来の経済理論を超克したドイツ経済がヨーロッパ全土に拡大し巨大な経済共同体を形成する未来像を幻視し、英米が戦慄したことは想像に難くない。
▼EUユーロ経済圏はアイスランドやギリシアなど域内弱小国の金融危機によって破綻の兆候を見せている。
 ポルトガル、スペイン、イタリアなどの住宅バブル崩壊によりユーロからの離脱、従来通貨への回帰という現象が起きる可能性もある。
 かつてヒトラー主導の「ヨーロッパ経済体制新秩序」を潰すために参戦を決意した米国は今、米国発の金融危機を発動して、ユーロ新秩序を倒そうと抱き合い心中を図っていると見ることができる。
 ヒトラーはドイツにヨーロッパ全域を統制する経済・金融権力を集中させた上で、域内に分業体制(ドイツに先端工業、東欧、南欧に農業など)を確立し、為替・資本移動を厳しく監視する体制をつくって英米に対抗しようと考えていた。
 現在のEU首脳部にそこまでの意志がなければヨーロッパ統一は雲散霧消に陥るであろう。
 TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)なる新秩序構想にわが日本の意志がどこまで貫けるのか否か。今こそ、熟慮のときである。  (青不動)