常夜燈索引 

                 

 「3・11事件」の意味するもの
   (世界戦略情報「みち」平成23年(皇紀2671)4月1日第335号)

▼二〇〇一年に起きた九・一一米国同時多発テロの標的はニューヨークの世界貿易センターと首都ワシントンの国防総省だった。現代米国の力の源泉である「金融」「軍事」の本拠地を標的とする象徴的な事件だった。
 去る三月一一日に起きた東北関東大地震の「標的」は日本の「原子力」だった。わが国の高度な産業や利便性の高い社会生活を支える電力の三割を供給する原 子力発電は、一九七三年の「石油ショック」以降の日本の経済的、社会的、心理的安定を担保する役割を担っていた。一九八〇年当時のわが国の電源別発電電力 量の割合は、原子力一七%、石油四六%、石炭五%、天然ガス一五%、水力一七%だったが、二〇〇九年には原子力二九%、石油七%、石炭二五%、天然ガス二 九%、水力九%と石油発電の割合を極端に低下させ、中東諸国への電力依存を減らす国策を採ってきた。
 一九七九年に起きた米スリーマイル島原発事故で原子力発電所の新規立地は世界的に停滞したが、「地球温暖化防止」、「CO2削減」など環境派の世論工作 が功を奏し二〇〇〇年以降原子力は環境にやさしい、CO2を出さないクリーンエネルギーと再評価され、原発の新規建設計画が急増し、「原発ルネッサンス」 と呼ばれた。現在世界では四四二基の原子炉が稼働しているが、今後アジア圏を中心に一五五基以上の原子炉建設計画があり、六五基が建設途上にある。支那政 府は現在稼働中の一三基に加え二七基の建設計画を表明し、米国も既存の一〇四基に加えて二一基の建設申請を出している。
 中東のアラブ首長国連邦、トルコ、ベトナムでも原発建設計画があり、日本、フランス、ロシアなどの企業が激しく受注を争っている。
 わが国では一昨年の民主党政権発足後、当時の環境大臣が「地球温暖化対策のきわめて有効な手段として原子力発電を推進していく」と述べて鹿児島県川内原発増設を容認し、世界的な「温暖化」阻止路線を採ることを政府として正式に宣言した。
▼今年一月北アフリカ・チュニジアで勃発した反政府暴動、長期政権崩壊の政変をきっかけに、エジプト、リビア、ヨルダン、シリア、バーレーン、サウジアラ ビア、イエメン、そしてイランなどで反体制運動が勃発、世界最大の産油地帯である中東湾岸諸国が極めて不安定な状態に陥っている。わが国で「三・一一原子 力危機」が起きたのはこの「石油危機」の真っ只中だった。
「原子力ルネッサンス」の余勢を駆って大産油地帯を混乱させ、石油に代わる世界的エネルギー覇権を確立しようとした勢力に対する、強烈な反撃が「三・一一原子力危機」の真実である。
二〇〇六年東芝は英核燃料会社(BNFL)所有の米原子力メーカー・ウェスティングハウスを五四億ドルで買収、世界の原子力建設事業は事実上日本、フラン ス、ロシア三ヶ国企業の独占となった。同時に、わが国には欧米諸国が技術的、経済的理由から撤退した高速増殖炉やプルサーマル計画などの原料ウランを極限 まで再利用する一種の「永久エネルギー」構想があり、図らずも世界最大の原子力大国となった。二〇〇七年七月の新潟県中越沖地震の際、震度6強に襲われた 東京電力柏崎刈羽原発は小規模な火災や放射能漏れはあったものの、持ちこたえた。昨年一二月原発建設計画中の地震国トルコのエネルギー天然資源相は同原発 を耐震原発設計の模範例として視察した。
▼わが国で運転中の原発は五五基、東北地方太平洋岸には東北電力女川二基、東京電力福島第一・第二が一〇基の合計一二基が集中している。東京電力柏崎刈羽七基への地震がさしたる打撃にならなかったため、今回は地震+津波の圧倒的破壊力が使われたのであろう。
 原子力は電力という「平和利用」の裏面に、核兵器に関連する軍事的意味合いがあることは言うまでもない。わが国が高速増殖炉やプルサーマル計画で核兵器 材料ともなるプルトニウムを回収することに、日本の「核オプション」を疑う向きもある。すでに日本には四〇㌧近いプルトニウムがあるのになぜさらに、とい う声である。
 福島第一原発一号機から四号機まで爆発・出火が起こった三月一六日夕、東京電力幹部は日本政府を経由せず、米国防総省に直接支援を要請した。翌一七日米 第七艦隊の原子力災害対策チームの派遣が決まり、特殊装置が東電に貸し出されている。おそらく東電は米軍出動を「要請」させられたのであろう。日本の「核 オプション」の実態を包み隠さず見てもらって結構だ、というシグナルだったのだ。
▼原子力対石油・化石燃料というエネルギー覇権を巡る世界的対立の中で、日本政府、企業は「地球温暖化」なるプロパガンダに乗せられて原発輸出、新経済成長戦略など目先の利益を求めるあまり、「三・一一」のターゲットにされてしまった。
「三・一一」の真の意味を考察し日本民族の永続をはかる智恵と勇気を奮い立たせることこそ、犠牲になった無辜の国民に対する、生き残った者の責務ではないだろうか。(青不動)    


          ★参考資料★

人工地震の歴史を振り返る その3 ~読売新聞戦後紙面より~
http://daidaikonn.blog27.fc2.com/blog-entry-416.html より
今回は読売新聞から戦後の人工地震の歴史を見ていきます。
1953年9月13日 読売新聞 夕刊3面より
「人工地震で9名がガス中毒 釜石」
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1956年12月5日 読売新聞 朝刊7面より
「最大の人工地震成功 茨城 吹き上がる地下水6本」
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1957年8月26日 読売新聞 朝刊7面より
「震度5で大成功 茨城で人工地震」
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1957年9月7日 読売新聞 朝刊7面より
「原爆で人工地震 ネバダで14日に初実験」
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1958年6月17日 読売新聞 夕刊5面より
「人工地震で落盤、30人が生き埋め」
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1961年11月10日 読売新聞 朝刊11面より
「深夜の人工地震 新潟で本土横断の地殻構造を調べる」
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1965年3月31日 読売新聞 夕刊3面より
「人工地震 日本列島は生きている  地下の構造を探る注目の海洋実験」
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1973年8月30日 読売新聞 朝刊7面より
「地震 発生待つより制御研究を  たまったエネルギー人工地震で発散 予知だけで防げぬ」
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1975年6月18日 読売新聞 朝刊4面より
「“気象兵器”で米ソ交渉 開発禁止話し合う」
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1975年6月20日 読売新聞 朝刊7面より
「恐るべき環境・気象破壊兵器 米ソで研究着々」
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1984年3月12日 読売新聞 朝刊23面より
「人工地震大きすぎた! 新幹線のダイヤ乱れる 震度1の予定が4~5」
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読売新聞 1991年5月4日より
「ロシア軍のイワン・エヌレエフ陸軍少将は、強烈な電磁波により人工的に大規模地震を発生させる兵器が存在する事を明らかにした。震源地と地震発生地が遠隔地であるように設定する事が出来る。」