常夜燈索引

                 

 活かされなかった原爆投下情報
     (世界戦略情報「みち」平成23年(皇紀2671)10月15日第347号)

▼米内光政海軍大臣は終戦の三日前に次のような発言をしている。

 私は言葉は不適当と思うが原子爆弾やソ連の参戦は或る意味では天佑だ。国内情勢で戦を止めると云うことを出さなくて済む。私がかねてから時局収拾を主張する理由は敵の攻撃が恐ろしいのでもないし原子爆弾やソ連参戦でもない。一に国内情勢の憂慮すべき事態が主である。従って今日その国内情勢を表面に出さなくて収拾出来るというのは寧ろ幸いである。
(「米内海相直話」昭和二〇年八月一二日)

 昭和一九年七月、東條内閣崩壊以降大東亜戦争終結に向けた様々な工作が具体化した。小磯国昭首相、緒方竹虎情報局総裁らによる南京国民政府高官繆斌を通じた和平工作、東郷茂徳外相によるソ連を仲介とする和平交渉、水谷川忠麿男爵と中国国際問題研究所何世禎との和平工作、小野寺信駐スウェーデン陸軍武官のスウェーデン王室を通じた和平交渉、岡本清福陸軍武官、藤村義朗海軍武官、加瀬俊一公使らによるスイスにおける米OSS欧州本部長アレン・ダレスとの終戦工作など、わが国から英米支ソ連合国に対し、戦争終結=降伏へのシグナルが各種チャンネルから発信されていた。
 いずれも主として日本国内の徹底抗戦派・本土決戦派、つまり陸軍を中心とした勢力によってこうした工作は芽を摘まれ、奏功しなかった。同時に米英においても、日本からこれだけ明白な降伏申し出がなされているにもかかわらず、これを無視して戦争を継続しようとする断固たる勢力が政軍指導の主流を占めていた。
▼当時、広島、長崎への原爆投下は不要だと米政府、軍有力者の多くが主張していた。ニミッツ提督「すでに日本を封鎖しているので、原爆投下は不要」、ルメイ米第二一爆撃団司令官「爆撃で日本の降伏は時間の問題なので原爆は不要」、バーンズ米国務長官「日本は和平を求めて動いているので原爆は不要」などだ。誰の目にも日本の降伏は時間の問題だった。しかし昭和二〇年六月一日に行なわれた米軍事政策委員会暫定委員会でスティムソン陸軍長官が決定した原爆投下の命令を覆すには至らず、戦後の米政府公式見解は「日本上陸作戦で予想される一〇〇万人の米兵の犠牲を避け、戦争の早期終結のために原子爆弾の使用は有効であった」というものに統一された。
 一方でわが国にも冒頭の米内直話に見られるように、原爆投下は陸海軍主戦派=本土決戦派を黙らせ、終戦に持って行くための天佑だったと思考するグループが存在した。原爆投下を巡る同床異夢の共謀関係が日米間にあったのだろうか。
▼そもそも原爆製造計画は米国と英国、そして英連邦カナダの三ヶ国による共同プロジェクトだった。
 当時ドイツに占領されていたベルギーが保有する植民地コンゴに大量に埋蔵されていたウランは、レントゲン用として主にフランスに輸出されていたが、フランスもドイツに占領され、行き先を失ったウランの在庫はカナダに引き取られ、ニューヨークの倉庫に眠っていた。
 このウラン在庫一掃のため英加が米国を巻き込んでマンハッタン計画を構想し、原爆製造に突き進んだ。
 英国首相チャーチルはポツダム会談の際、米大統領トルーマンに原爆投下にあたり日本に三回警告を行なうよう申し入れており、トルーマンはこれに同意したという。
 南部支那・広東の陸軍第五航空情報連隊に昭和二〇年春から終戦まで勤務した黒木雄司陸軍伍長は同年三月一八日から八月二一日までの五ヶ月間「ニューディリー放送」なる英BBCを中継した日本語放送を傍受し、記録していた(「原爆投下は予告されていた!『第五航空情報連隊情報室勤務者の記録』平成四年光人社)。

 ……六月一日、スチムソン委員会は、全会一致で日本への原子爆弾投下を大統領に、(中略)勧告書を提出いたしました。
 ……七月一五日、アメリカで原子爆弾第一号の爆発実験の成功。
 ……八月三日、信ずべき情報によりますと、米軍は来る八月六日、原子爆弾投下第一号として広島を計画した模様です。原子爆弾とは原子核が破裂するものであって、核の破裂にともない高熱を発し、すべてのものは焼き払われることでしょう。繰り返し申し上げます。

 ニューディリー放送は八月三日広島への原爆投下警告を三回繰り返したという。八月七日には「来る八月九日に、米軍は広島に続いて長崎に原子爆弾を投下する予定であることを発表しています……」と放送している。このニューディリー放送の内容は、その都度情報室長から第五航空情報連隊長、そして大本営に報告されていた。
 チャーチルが主張した三回の事前警告は実行されたのだろうか。
▼米英との友好関係を望まれた昭和天皇は開戦の詔勅で「今ヤ不幸ニシテ米英両国ト釁端(きんたん)ヲ開クニ至ル、洵ニ已ムヲ得サルモノアリ。豈朕カ志ナラムヤ」と、開戦は自らの志に非ずと明記されたが、終戦にまつわる深い闇はいまだ解明されていない。(青不動)