常夜燈索引

                    

 宗教家殺しと金融経済瓦解の関係 
        (世界戦略情報「みち」平成25年(2671)9月15日第345号) 

▼旅の最中に日が暮れ、どこぞに泊めてもらわにゃと家の戸を叩く。「わしゃ旅の者だが今夜ご厄介になりゃあせんだろか」。すると家の主が答える。「泊めてあげんこたぁねえが、米がちいと不自由なもしれん」。食物なら多少の我慢はしよう。寝かせてもらえば構わないと上がり込んで休んでいると、主が女房とごそごそ話しとるのが耳に入る。「どがいしような。手打ちならできんこたぁないが、半殺しなら間に合うかもしれん」。殺されては適わない。慌てて逃げ出した旅人を主が追いかけ説明する。手打ちはうどん、半殺しはぼた餅のことで、米がないからどちらを出そうか相談していたという。これは岡山県に伝わる民話だが似たような笑話は形を変えて全国に広がる。
 笑話ではなく、本当に旅人を殺してしまう怖い話も全国に散らばる。
「昔この村の某家に六部が来て泊まることになった。六部は大金を持っていて、これを知った家主は六部を山に誘い出して殺し、その所持金を奪って大尽になった。しかしその後、某家の子孫には六部の祟りが出るという」。
 六部とは六部僧とも云い、経文を六十六ヶ国に奉納して廻る遊行の僧。六部ではなく高野聖や巡礼、山伏という話もあるが、いずれも宗教家が殺害され金品を奪われるという物語。村のどの地域の話なのか、大尽になった家は誰で祟りとはどんな状況なのかも細かに伝えられる。こうした宗教家殺戮譚は一八世紀初頭の元禄年間から始まり、明治、大正を越え昭和初期まで続く。
▼各地に伝わる宗教家殺しが現実か創作物語かは不明だが、仔細な伝承や裁判沙汰になった事件を考えると、相当な真実があったと考えられる。なぜ元禄以降にこうした犯罪が多発したのか。物見遊山で旅行する者や村を追われた民などが、宗教家を騙って一宿一飯に与ろうとした例もあり、そうした異郷の者を排除した例もあったようだが、何より宗教家の質の低下が挙げられる。十返舎一九の『列国怪談聞書帖』によると、高野聖は数珠を売り歩き、米や小銭を求めたと云う。また柳田國男は「法力を笠に着て善人を脅かす」と表現している。「高野聖に宿貸すな、娘盗られて恥かくな」という戯れ歌が残るが、江戸時代も中期に入ると遊行の宗教家は行商人、強力を兼ね、ときに強盗に変身することもあったようだ。
 そのため全国の村々は彼らを排斥し抹殺したのだ。しかし、問題の本質はこの説明では納得できない。
▼六部僧にしろ高野聖にしろ、遊行の僧が現金を持ち歩いたことは事実だが、彼らを殺して金を手にした某家が末代まで祟りが出るほどの大尽になったとは到底考えられない。江戸中期以降の日本全国に起きた宗教家殺戮譚は別な角度からの分析が必要となる。
 家康が江戸幕府を開いたのが慶長八年(一六〇三)。寛永一〇年(一六三三)の海外渡航禁止令、同一二年の参勤交代制の確立、同一六年の鎖国令完成を以て幕藩体制は揺るぎないものとなり、国内自給経済に邁進する。江戸、上方を結ぶ大動脈だけでなく、各藩城下町から津々浦々に至る流通経路は、国内の隅々まで至る特異な経済体制を構築した。元禄期の江戸は百万の人口を誇る世界最大都市となり、東海道は世界に全く比類のない巨大物流ルートに成長。「元禄バブル」とも呼べるこの時代には、四木三草と云った商品作物に限らず、塩や魚、味噌、酒、油、織物、陶器等あらゆる特産物が全国を行き交った。
 活発な経済活動は当然ながら貨幣需要を増大させる。しかし佐渡を初めとする金山銀山の生産量は減少。結果、勘定奉行荻原重秀による貨幣改鋳に行き着く。金銀の含有率を減らすことで流通貨幣の供給量を爆発させ、インフレを誘発させた政策について、新井白石を初め後世の学者は非難するが、荻原重秀自身には当時のデフレ脱却のために覚悟があって行なった貨幣改悪。「貨幣は国家が造る所、瓦礫を以ってこれに代えるといえども、まさに行うべし」という荻原の言葉に信用経済への移行という決意が見てとれる。昨年夏、日本経済の分析も出来ず無策な日銀総裁を銃殺に処すべしと語ったノーベル経済学賞クルーグマン教授なら荻原重秀を高評価するかもしれない。
▼話を戻す。一人や二人の遊行僧を殺して所持金を奪ったところで、末代まで大尽になれる筈はない。元禄以降のインフレ、流通経済体制の下で、ある家だけが独自の商売に成功し、その結果大金持ちになったと考えるのが妥当だ。だがその成功は村落共同体に歪を生み、共同体経済を破壊する。かくして成功者は罪人に仕立てられ、地域外からの貨幣流入を停止させようとする力が働く。しかし迫害に負けず成功を続ける者のほうが多かった筈で、それは結果として地域共同体を破壊し、小規模地域経済体はより大きな都市経済圏に吸収されていく。
 数字だけが怪物のように巨大化した金融経済はリーマン・ショックで瓦解を始め、世界同時株安という終焉第二幕を迎えている。六部僧殺しの物語はこの大変革期に姿形を大きく変えて再登場するのではないか。(黄不動)