常夜燈索引

                    

  侠客復活の日は来るか 
   (世界戦略情報「みち」平成23年(2671)10月1日第346号) 

▼七月二五日、オバマ大統領は「国際的組織犯罪に関する戦略」を発表。国境を越えて活躍する犯罪組織に金融制裁を科す大統領令に署名した。日本のヤクザを初めとする世界の四組織が制裁対象とされ米国内の資産は凍結された。コーエン財務次官はヤクザが武器密売や麻薬取引を行なう一方で建設、不動産、金融業等をフロント組織として違法な収益を上げていると指摘。タレントの島田紳助が深夜の引退会見を行なったのは一カ月後のことだった。
 指定暴力団の構成員、準構成員の総数は八万四二〇〇人(警察庁発表)。組織数としてはこれを遥かに上回る非指定団体があるが、一般に認識されている暴力団人口はこの数だ。その七三%を占める六万一一〇〇人が山口、稲川、住吉という主要三団体(山口組だけで三万九〇〇〇)に籍を置き、ヤクザの寡占化に拍車が掛かっている。
▼ヤクザの発祥は諸説あり、定かではない。厄座、役座として古代から存在したとの説もある。無法者を意味する傾(かぶ)き者が歌舞伎者、役者と変化してヤクザになったとか、花札賭博の八九三説も根強い。侠客の原点は室町から戦国の遊侠無頼にあったと考えられる。
 大坂夏の陣で豊臣家が滅んだ慶長二〇年(一六一五)に武家諸法度等が定められ、幕藩体制が強固になる。安定期への転換を受け入れない無法者は異形の風体で徒党を組み、歌舞伎者とか六方者と呼ばれたが、それは中世の伐(ば)折(さ)羅(ら)への憧憬でもあった。ちなみに六方とは立方体の六面の意。六方振りは東西南北天地の全方向に躍動する振付で、束縛されず自由大胆に振る舞う者を六方者と呼んだ。
 江戸初期に姿を現したのは旗本の六方者。将軍に拝謁できる身分でありながら、禄高は一万石以下で厚遇されず、不満が高まっていた。その不満からか異装し暴走する徒輩が現れ、旗本奴と呼ばれた。これに対抗する形で出現したのが町人の歌舞伎者である町奴だ。
▼旗本奴の走りは水野成貞で、刀の柄に棕櫚(しゆろ)を巻き仲間を集めて棕櫚組を名乗る。その息子が水野十郎左衛門で白柄組を作る。木挽町の芝居小屋で、水野十郎左衛門率いる白柄組と町奴が喧嘩を起こし、町奴の幡随院長兵衛を風呂場で突き殺す事件が起きた。これに続く旗本奴の乱暴狼藉は目を覆うものがあり、寛文四年(一六六四)水野十郎左衛門に切腹が申し渡され、連座して五七人の旗本奴が島流しになった。
「江戸幕府も六方者の名に負ふ無法者を退治せんために承応年間には夢野市郎兵衛の徒の処刑を行つたが、五代将軍綱吉の世に鋭意之を根絶することにつとめた。即ち貞亨三年九月二七日、奉行中山勘解由は配下を督励して大小神祇組等の徒二百余人を縛しその魁首一一人を斬つた」(笹川種郎『江戸情調』昭和二年)と著される通り、幕府は当初、旗本奴、町奴の別なく六方者を廃絶しようと精魂を傾ける。
▼その後幕府の存続を揺るがす事件が起きる。まず寛永一四年(一六三七)の島原の乱。天草四郎に主導された切支丹伴天連による宗教一揆とされるが、実体は郷民による史上有数の内乱だった。次に幕府を震撼させたのが慶安四年(一六五一)の由井正雪の乱(慶安事件)。その翌年、承応元年には幕府転覆を謀る承応の変が起きる。両事件は密告により回避されたが、その根源に牢人問題があった。戦国大名の整理により牢人が溢れ、三代将軍家光の治世には五〇万の牢人が存在し、反幕勢力を醸成していた。元禄を過ぎ宝永年間に入る頃から幕府は牢人問題解消を図り、末期養子の禁を緩め大名の改易を減らすよう努める。更には牢人の再仕官斡旋、寺子屋や武芸指南者への道を模索。同時に密告の道筋を作るべく壊滅状態にあった旗本奴を利用する。享保五年(一七二〇)に町火消が制度化されると町奴が火消に溶け込み、幡随院長兵衛の反権力、義侠心が町火消に受け継がれていく。厳格な身分制度の下、この区分を繋ぎ境界を行き来できる例外的存在として、奴衆の存在を認めたのは幕府そのものだった。
 旗本奴、町奴が作った義侠集団とは別に、金銭の流れが活発な地域では博徒が専業化していった。代表的なのは領地が複雑に入り組み、かつ養蚕により法外な利益を得ることがあった八州で、無法博徒の徒に手を焼いた幕府は文化二年(一八〇五)に八州廻り(関東取締出役)を設置する。その後も農村博徒は蔓延(はびこ)り、天保年間以降、上州長脇差と呼ばれる大勢力が台頭。御法度の一尺八寸を超える長脇差を手挟んだ国定忠治や大前田英五郎といった連中だ。八州廻りは遂に彼らを取り込み、十手を預けて治安維持の先兵に仕立て上げる。当初、取締を強化し廃絶を目指した幕府は宝永以降には侠客、博徒の存在を黙認し、体制下に抱き込み、ときに積極的に利用したのだ。
 平成三年成立の「暴対法」以降種々な形でヤクザは攻撃され、一部は地下深くに潜った。盛り場からヤクザの姿が消えて外国系暴力団が大手を振って歩き、都会のあちこちに魑魅魍魎の暗黒街が誕生した。町火消、岡っ引きとして侠客、博徒を使った江戸の叡智が復活する日はないのか。(黄不動)