常夜燈索引

                 

 猫にも分かる「世界危機の本質」
      (世界戦略情報「みち」平成23年(皇紀2671)10月15日第347号)

▼「猫に小判」とは、猫には価値ある物が分からない、ということから貴重なものを与えても、本人にはその値うちが分からないことのたとえ、とされるが、実は猫の健全さをあらわすたとえなのだ。
犬も猫も、虎もライオンも、食べる事の出来ない金塊や、数字を打ち込んだ紙を、眼の色変えて追い回したり、命がけで奪い合ったりする奇習はない。ましてや金ぴかの仏像や、十字架に磔にされた血塗れの像を拝むような動物は皆無だ。
 大脳が発達した人間は、言語を進化させるに伴い、貨幣と宗教を生み出した。動物にはない、人間だけが持つ幻想であり、仮想現実=フィクションである。貨幣も宗教も現実世界に基礎はなく、人間の頭の中にのみ根拠を置いている。それゆえ動物も植物も、この仮想現実とまったく無関係に地球上で生きている。
「鰯の頭も信心から」と、昔から日本人はイワシの頭のようにつまらないものでも、信仰という精神状態に陥るとそれが尊いものに見える、と皮肉って言ったが、宗教や信仰を本能的に怪しいものと感ずる感性を持っていた。
 戦前よく使われたシュギシャ(共産主義者)やホッケボウシ(法華経信者)という呼び名も、こうした一神教信者を揶揄したものだった。
▼現在世界の飢餓人口は九億二五〇〇万人、地球人口の七人に一人にあたる。一日五万人、年間で約一五〇〇万人の人々が飢餓で死んでいる。その七割が子供である。
 アジア太平洋地域(インド、パキスタン、バングラディッシュ、イエメン、モンゴルなど)五億七八〇〇万人、サハラ砂漠以南のアフリカ(エチオピア、コンゴ、アンゴラ、タンザニアなど)二億三九〇〇万人、中南米(ハイチ、ボリビアなど)五三〇〇万人、中東・北アフリカ(イエメン、ヨルダンなど)三七〇〇万人が飢餓線上にいるといわれている。
 世界で生産される穀物は一九億トンあり、これは世界中の人々が生きていくために必要な量の二倍と言われている。つまり、食糧は不足していない。
 日本の食品の約七割は輸入したもので、年間 五八〇〇万トンにのぼる。その三分の一(一九四〇万トン)を廃棄している。日本は食糧の廃棄率では世界一の消費大国米国を上回り、廃棄量は世界の食料援助総量七四〇万トンを超えて、三〇〇〇万人分(途上国の五〇〇〇万人分)の年間食料に匹敵する。日本の食品廃棄の半分以上にあたる一〇〇〇万トンが家庭から捨てられている。この家庭から出る残飯の総額は、日本全体で年間一一兆円であり、わが国の農水産業の生産額とほぼ同額であり、さらにその処理費用で二兆円が使われている。つまり日本は食糧の七割以上を輸入しながら、世界一の食糧廃棄国なのだ。
 人類最大の苦しみだった「飢え」は生産面で解決し、世界中の人々が食べる量以上の食糧が生産され、食べきれないものは廃棄さえされている。それなのに、依然として飢餓は起こる。
 豊作のため農作物の価格が下落し、農家の収入が減って経済が窮迫する豊作飢饉、豊作貧乏という現象が度々起こる。そのため手塩にかけて育てた農産物を燃やしたり、土中に埋めもどしたり、あるいは政府が補助金を出して買い支えたりと、本来歓迎すべき豊作が厄介者扱いされているのが現実なのである。
▼ギリシアの財政破綻、ユーロ危機、アメリカの債務削減、日本の国債残高など、コンピューターの中を飛び交う数字の高低に、われわれは一喜一憂する。犬も、馬も、鳥も、こうした人間世界の動きには我関せず焉とのんびり草を食み、昼寝をして、大空や大地を飛び回っている。
 現在の世界金融危機なるものが単に貨幣現象=数字現象であり、経済現象でないことに気づかなくては、世界の大勢を見失うことになろう。はしなくも、九・一一事件で露呈したことは、ニューヨーク世界貿易センターにあった多くの金融会社のデータが破壊され、消滅した際、世界の金融取引が大混乱に陥ると言われたが、実際は何も起こらなかったという奇怪な現象である。
 貨幣現象=数字現象は衣食住を根拠とする経済現象の媒介指標であって、従属変数でしかない。ところが世界のGDP五五〇〇兆円に対して金融派生商品(デリバティブ)の取引総額は六京八〇〇〇兆円と、実体経済の一〇倍以上に膨張している。衣食住という実物経済を担保に一〇倍の賭博を打っているようなもので、それは人間の脳の中にだけ浮かぶ幻想にすぎない。
▼食糧も、着る物も、住む家も、全人類に供給することができる生産力を既に人類は持っている。これを分配する機能を持つことで、人類が飢餓や貧困から解放される時代が到来してしまったことは、ある勢力にとって最大の危機である。世界金融危機というプロパガンダを煽り、声高にハルマゲドン状況の醸成を謀る人々の策謀こそが、現在の危機の本質である。(青不動)