常夜燈索引

                    

  早起きは三文の徳
(世界戦略情報「みち」平成23年(2671)11月1日第348号) 

▼満一歳の祝いに一升餅を背負わせる風習は日本各地に残る。祝い餅、転び餅、力餅等呼び名は種々あり、餅は丸餅で、風呂敷に包んで肩から襷掛けにすることが多い。一生食べ物に困らない、一生健康に過ごすこと等を祈願しての一升餅だが、背負って立てば吉とする地方もあれば、餅の上に立たせるだけの地方もある。歩けば良しとする地もあれば、転んだほうが吉兆と見なす地域もある。風習は様々だが二足歩行を祝うことは共通している。直立二足歩行ができる地上唯一の生物としての慶びであり、誇りの表れでもあろう。誤解されることも多いが、ペンギンの歩行は直立二足ではない。
 四〇〇万年前に生きた猿人は既に直立二足歩行を開始していた。脳の容量はチンパンジー以下でありながら、直立二足歩行が彼らに知恵を与えたようだ。百数十万年前に登場した原人は直立二足歩行を完成させ、知能は飛躍的に増長した。人間型ロボット製作で最も苦労するのは二足歩行だというが、人間の歩行機構がいかに複雑なものか推測できるだろう。ロボット開発当初は足首や膝の研究が進み、下半身だけの試作機が作られたが、二足歩行はできなかった。上半身の動作とバランス制御が不可欠だったのだ。
直立二足歩行という困難な技を身につけた人間は、これにより平衡感覚を覚え、他の生物が持たない絶大な能力を手にした。創造力である。
▼二〇世紀は大脳の世紀とも呼ばれる。左右非対称の脳球の研究、記憶や時空の認識を行う海馬についての解析等、謎に思われていた大脳の実態が次々と解明された。大脳皮質の前頭葉が随意運動を調節し、未来を認識し、創造に関与することもわかった。さらに神経細胞に情報(刺激)を送る五〇を超す神経伝達物質に関する研究も伸長した。脳内に重大な影響を及ぼすドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニン等のモノアミン神経伝達物質の名は、今日では一般名称として広く知られている。しかし大脳研究に比して小脳や脳幹に関する研究は遅れている。
 脳全体の一割強を占める小脳は、運動や平衡感覚を司る器官で、その本格的研究はこれから始まる。創造力を生み出す潜在的能力が小脳の平衡感覚にあることは定説となりつつあるが、それがどのように創造力に関わるのか未解明な面も多く、今後の研究に期待したい。そうしたなか興味深い仮説もいくつか提示されている。以下あくまで一仮説として読み流して戴きたい。
▼創造力の発露は平衡感覚を司る小脳に起きる。これに関与する神経伝達物質はセロトニン、メラトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンの四種のみ。脳が創造する産物を絶品料理に例えてみよう。食べる者を唸らせる美味料理を生み出すのに、まず必要なものは肉、魚、野菜といった素材、そして腕のいい料理人だ。この役割を果たすのはセロトニン、メラトニンの二種である。次に必要なものは包丁、鍋釜類そして水、熱等。さらには味噌醤油といった調味料も重要だ。ドーパミンとノルアドレナリンがこれらの役を果たす。
 問題はこうした素材や料理人、調味料等をどこでどのように入手するかである。ドーパミンとノルアドレナリンの入手法に関してはかなり明確になっている。感動と運動、または刺激と興奮により小脳内に自動的に分泌されるのだ。山登りをして絶景の紅葉に感動する、太鼓を叩いて没我の境地に入る等、手法はいくらでも思いつく。軽い散策や音楽を聴くだけでも間に合うだろう。しかし鍋釜や調味料が揃っても絶品料理は作れない。何より必要なのは原材料と腕利きの料理人だ。
 料理人と想定されるのはセロトニンで、小腸内物質として知られる。セロトニンは赤身の魚等に多く含まれ、不足するとストレス過多、睡眠不足等を誘発する。頭に血が上ったりキレるという症状はセロトニン不足とされる。鰹や鮪、あるいは赤身肉から摂取され小腸に蓄えられたセロトニンが小脳で分泌されると名料理人に変身するらしいが、いつでも分泌されるわけではない。セロトニンは朝の光を感じたときに小脳に供給される。晴雨に関わらず朝の光を感じることが大切なのだ。
 メロトニンは脳内セロトニンから合成される。若返りホルモンとも呼ばれ、睡眠や生体調節に関係しているが、小脳に分泌されると最高級の料理素材となる。メロトニンが小脳内に分泌されるのは睡眠中、それも午後一〇時から午前二時までの間に多量に分泌される。この時間帯でなくとも睡眠中に分泌されるとの説も強いが、いずれにしても光に関係するらしい。できるだけ暗闇で眠ることを心掛けると、最高の料理素材を入手できるようだ。
▼松下幸之助、本田宗一郎、井深大等、新たな地平を切り拓いた偉人等に対する人物評価は分かれるだろうが、彼らは早寝早起きを実践していた。「早起きは三文の徳、長起きは三百の損」という諺がある。三文の徳とは得との語呂合わせ、長起きは夜更かし。小脳の仮説は兎も角、早寝早起きを実践する心構えこそ、新たな価値観創造の出発点なのではなかろうか。(黄不動)