常夜燈索引

                    

 消えていない酒呑童子一族 
    (世界戦略情報「みち」平成23年(2671)12月1日第350号) 

▼古事記の八岐大蛇に始まり、日本の古典物語には鬼や龍、天狗といった妖怪変化の類が数多出現する。何れも政治的、宗教的理由により弾圧され消された神々や集団を表していると考えられるが、時代を遡る程にその実体は霞んでいく。こうした霞の彼方に蠢く妖怪の履歴を掘り起こす作業は、推理小説の謎解きにも似て、時に脱出不可能の迷路で踠く哀れな旅人の気分を味わわせてくれる。日本の妖怪中最大の傑物は大江山に棲んだ酒呑童子とされる。幾つもの絵巻に描かれ、歌舞伎や映画にもなり、栗本薫の『魔界水滸伝』等の小説類、更には永井豪『手天童子』を初めとする多くの漫画の素材となった鬼で、物語を詳しくは知らなくとも酒呑童子という存在は今日なお日本人の頭の片隅に生き続けている。
▼掲載された絵巻、物語に差異はあるが、概略を語ると、酒呑童子を首領とする鬼の一味が京の都に出没し始めたのは永延(九八七~九八九)年間のこと。正暦(九九〇~九九五)に入ると京界隈で貴賎男女を問わず誘拐殺戮事件が相次ぐようになる。そうした折り天台座主である御堂入道の子息が行方不明となる。そこで当代一の陰陽師である安倍晴明に占わせたところ、都の西北の大江山に棲む鬼が幼な児を誘拐したと判じた。大江山とは丹後半島にある標高八三三メートルの山。この山は古代より大陸、半島との接点とされ、帰化人も多く、金属精錬技術者や積石技能集団が居着いた土地である。これだけで酒呑童子の正体を合点する方もいるだろうが、左程単純なものではない。因みに酒呑童子の本拠地は大江山ではなく京と亀岡の間にある大枝山(標高四八〇メートル)との説もある。
 御堂入道は安倍晴明の判断を内裏に奏聞。帝が緒臣を参内させて朝議を開き、鬼神討伐の勅命が下る。討伐隊を率いるのは源頼光、藤原保昌という最強の武将だった。
▼最古の酒呑童子物語とされる『大江山酒天童子絵巻』(逸翁美術館蔵)と中世に流布された『御伽草子』(渋川板)の酒呑童子の物語から、以降の物語を見てみよう。
 源頼光、藤原保昌は配下の武士を引き連れて大江山に向かう。酒呑童子が大江山に棲み始めて二〇〇年の歳月が流れたこと、山伏であれば入城も宿泊も可能だという情報を手にした一行は、笈(おい)の中に甲冑を忍ばせ山伏姿で酒呑童子の居城を訪れる。以上の話から酒呑童子は桓武天皇が都を京に定めた延暦一三年(七九四)の頃に大江山に現れ、修験者を仲間と見做していることが理解できる。山伏姿の源頼光らを迎えた酒呑童子は酒宴の席で自らの来歴を語る。それによると童子は越後国の生まれで、稚児として山寺で育てられたが、人を危め、諸山を転々と逃げ回るうち鬼と化したという。
 越後国弥彦山系の国上寺に遺る縁起には、越後国砂子塚城主の石瀬(いわせ)俊綱は桃園親王の家臣だった侍で、妻と共に信濃の戸隠に参拝した折りに男子を授かったが、これが途方もない乱暴者で国上寺に預けられたという。この男子は類稀な美貌の持ち主で近隣の娘たちが恋に落ち、やがて娘たちの呪いから鬼となり、戸隠を経て大江山に移り棲むことになったとされる。
 この物語の根底にあるのは九頭龍信仰であり、酒呑童子は九頭龍の申し子とされる。ところが奈良絵本『酒典童子』には別な驚愕の物語が描かれている。酒呑童子は伊吹山大明神の子だというのだ。伊吹山とは琵琶湖近くにある標高一三七七メートルの山で、麓には天武天皇により関所が作られている。日本書紀の日本武尊の項には「近江の五十葺(伊吹)山に荒ぶる神有ることを聞きたまひて、即ち剣を解きて宮簀媛が家に置きて従に行でます。膽吹(いぶき)山に至るに、山の神、大蛇に化りて道に当れり」と記し、伊吹山の大蛇と戦ったことが日本武尊の死の原因とする。
 伊吹大明神は嘗て出雲国に棲み、八岐大蛇と呼ばれていたが、素戔嗚尊に追われて伊吹に逃げ込んだ。山麓の長者の娘玉姫という美しい娘を娶り、その子供が酒呑童子だという。童子は三歳の頃から大酒を呑む乱暴者で、修行のために延暦寺に出される。桓武天皇が都を移した折りに延暦寺でも祝賀祭典が催され、鬼の面を被って大酒を食らった童子は面が顔から離れず、伝教大師に山を追われ諸々転々とした後、大江山に逃げ込んだというのだ。
▼何れにしても酒呑童子には龍あるいは大蛇の血が流れている。源頼光らの来訪を喜び、大酒を呑んだ末に首を刎ねられる酒呑童子の物語は素戔嗚尊に退治された八岐大蛇にも通じる。
 童子の首は都に運ばれ晒される。「毒鬼を大内(内裏のこと)へ入るる事、有(ある)べからずとて大路を渡されければ、主上(天皇)、上皇より始奉て(はじめたてまつり)摂政、関白以下に到るまで車を飛(とばし)て叡覧有りけり。鬼の頚をいひ、将軍の気色といひ、誠に耳目を驚かしけり」
 酒呑童子はこうして消え去った。しかし、どの物語絵巻にも鬼の一族郎党が消滅したとは記されていない。大和王権に仇をなす勢力は今なお闇の彼方から復讐の機会を窺っているのかもしれない。(黄不動)