常夜燈索引

                    

 日本列島が新たな価値観を提供した 
          (世界戦略情報「みち」平成23年(2671)12月15日第351号) 

▼ルイ王朝以来の王立技術研究所が天才養成機関に改編、グランゼコール(専門教育機関)として一七九四年に開校したコール・ポリテクニークに、二三歳の若さで講師となったガスパール・G・コリオリという物理学者がいた。彼は一八一六年当時、欧州最高の物理学者で、三六歳の時に回転座標系における運動方程式論文を科学アカデミーに提出。この方程式から導き出されたのが「コリオリの力」として知られる慣性力である。
 宇宙創成のビッグバンや超新星爆発等により星間物質が渦を巻き、これが巨大分子雲に発展。やがて太陽系宇宙が誕生したと考えられる。さらに天体の激突や潮汐運動が加わり、地球に自転エネルギーが保持された。
 地球が自転していることは古くからわかっていたが、証明には時間がかかった。一八五一年、物理学者フーコーがパリ天文台で実験を行ない、振り子が円運動に変化することで初めて地球の自転が証明された。北半球では振り子は右回りの運動を行なうようになるが、これはコリオリの力によるものだ。地球の自転は地表の物体に強い影響を与え続ける。中緯度帯を東向きに流れる偏西風も、世界最大級の暖流黒潮も、コリオリの力の発露である。
 赤道近辺の空気が温められ冷えた極に向かって移動するが、コリオリの力を受けて東向きの風に変わる。これが偏西風だ。偏西風は上空ではジェット気流と呼ばれる強烈な風で、この影響により北半球の中緯度帯にはカラクム砂漠、タクラマカン砂漠、ゴビ砂漠等といった不毛の大地が形成される。日本列島もこれら砂漠と同じ不毛の中緯度帯に存在する。しかし日本列島は肥沃で、動植物が溢れ返っている。
▼七〇〇〇万年前にユーラシア大陸に衝突した印度亜大陸は北上を続け、五〇〇〇万年前には世界の屋根ヒマラヤ山脈を生む。
 ユーラシアを流れる偏西風は途中ヒマラヤ山脈に突き当たり、南北二流に分かれる。南の流れは印度洋で蒸発した水分を吸収、熱風となって北上し、南支那海、東支那海を経て北側を回る偏西風と合流し、日本列島付近で雨を降らせる。日本列島が中緯度帯にありながら高温多湿で、動植物の種類、個体数が豊富な理由の一つは、ヒマラヤ山脈で偏西風が二分されることによる。
 太平洋に働くコリオリの力は黒潮暖流を生む。黒潮の速度は太平洋の反対側で南向きに流れるカリフォルニア海流に比べ数倍も速く、秒速二メートルに達する。太く速い黒潮は熱帯性魚介類や植物の北限を押し上げ、日本列島の気温を高める。日本列島は恐ろしいまでに壮大で、一分の隙もない緻密な設計図によって構築されているのだ。
▼地上に霊長類が出現したのは数千万年前とされる。直立二足歩行をして道具を使用する最初の人類がアフリカに現れたのは四、五〇〇万年前。直立二足歩行により脳の形状、活動が激変し、人類は創造力を身につける。長大な時間をかけて人類は全世界に広がり、さまざまな能力を身につけ、形を変えていった。
 われわれの直接の先祖である新人が登場したのは二五万年ほど昔のこと。では最初に日本列島に現れたのは何者で、どれくらい前のことだったのか。一般的には少なくとも数万年前には列島に人類がいただろうと推測している。異端学者の中には数十万年前に辿り着いた一群がいたと説く者もいる。
 最初に列島に辿り着いた人間の足は濡れていたのだろうか。陸伝いに日本に辿り着いたとするなら、二〇万年前から一三万年前のリス氷期に北方から来たと考えられる。人類は数万年前には既に大洋を渡る術を手にしていたから、海路をやって来た可能性もあるが、そうなると時代は無限に広がる。いずれにしても数万年前の日本列島は当時の世界で最も暮らしやすい土地の一つだったことは間違いない。
▼すべての人類に共通する神話の原形は新人出現の頃に完成したと考えられている。三、四万年前に鹿や象の骨で作ったこけし型あるいはビーナス型と呼ばれる小型の像が、欧州各地、シベリア、中東、そして日本でも発見されており、神話原形はこの頃まで人類共通のものだった。それが多様化していった過程と磨製石器の登場とは無縁ではない。
 磨製石器は世界的には一万年前に登場するが、二万年前ときに四万年前の磨製石器が出土する。こうした例は豪州やシベリア等全世界に六例存在するが、日本列島には四〇〇を越す超古代磨製石斧が見つかっている。中には千曲市日向林のように六〇点もの磨製石器が集中する遺跡もあり、生産工場とも考えられる。神話創生期の日本列島が全世界に新たな価値観を提供していた可能性すら出ているのだ。偏西風と黒潮が育んだ肥沃な大地には、それを生み出す能力が多分に存在していた。
 まもなく皇紀二六七二年を迎える現在、世界共通の価値観が崩壊し人類全体が喘ぎ苦しんでいる。どこかで新たな文明の息吹、新たな神話を創出しなければ、地球そのものの命運すら危うくなるだろう。 (黄不動)