常夜燈索引 

                    

 真言立川流の周辺に蠢く闇結社 
       (世界戦略情報「みち」平成24年(2672)3月15日第356号) 


▼主上を弑逆奉らんとする計画ありとの密書が御所に投げ込まれ、醍醐寺座主に仕える童子千手丸が暗殺を準備中との落書が続く。白河法皇は検非違使を派遣して千手丸を捕縛し拷問。天皇弑逆、皇位奪還を謀る黒幕が仁寛だと白状させる。永久元年(一一一三)に起きた鳥羽天皇暗殺未遂事件、すなわち永久の変である。
 事件の真相は不明で背景は複雑怪奇。二〇歳で即位した第七二代白河天皇は藤原摂関家との姻戚関係が薄く、三四歳で退位し息子堀河天皇を立て、非藤原系の公卿を重用する。堀河天皇が二八歳で夭逝すると、白河法皇の異母弟擁立派を制して堀河天皇の子で五歳だった鳥羽天皇を即位させる。鳥羽天皇一〇歳の時に起きたのが永久の変で、結果は仁寛と千手丸の二名が流罪、異母弟輔仁親王は閉門蟄居。白河法皇側の完勝で、天皇暗殺を企てた罪としては軽微な処罰に終わったところからも、事件は法皇側の捏造であり、仁寛、千手丸二名の冤罪説が根強い。
▼仁寛は村上源氏の嫡流である左大臣源俊房の次男。兄の勝寛は真言系修験道の最大派閥、醍醐三宝院流の開基。仁寛は幼少より真言宗を学び阿闍梨(あじやり)にまで上り詰め、輔仁親王の護持僧に任じられた。永久の変で天皇弑逆を謀った罪により伊豆大仁に流罪、流刑地で真言宗の普及に努める。彼の教えを求め武蔵国立川から陰陽師の兼蓮が来訪したので、仁寛は勝寛の醍醐三宝院流真言密教系修験道の奥義を伝授。その直後、流罪から五ヶ月後に仁寛は投身自殺している。以降兼蓮は他の三名の僧と共に陰陽道と真言修験道を合体させた真言立川流を確立、布教に努める。真言立川流は隆盛を極め、真言密教僧の殆ど全員が立川流の信徒になったと『受法用心集』に記されているが、その信憑性には疑問符が付く。醍醐三宝院流修験道に立川流の原形は見出せず、仁寛流罪後自害までわずか五ヶ月で立川流の基本が完成したとは考えにくく、仁寛を以て立川流の始祖とする説には実体が伴わない。
 真言立川流中興の祖と言われるのが南北朝対立時代に後醍醐天皇の護持僧として活躍した文観である。文観は河内の悪党楠木正成を後醍醐天皇に引き合わせ、建武の新政を支えた験力無双の呪僧として知られ、その活躍は網野善彦『異形の王権』に詳しいが、現実には文観と立川流を結びつける具体的証拠はなく、創作物語の域を出ない。真言立川流に関する一切の書は消失しており、近年になって守山聖真、真鍋俊照等数冊の研究書が刊行されたが、立川流の実体は全く不明である。
▼立川流の経典は金剛頂経第六会に当たる密教経典『理趣経』とされる。仏教では性交は五戒中の不邪淫戒により禁じられているが、密教理趣経では多くの瑜伽タントラが性交を肯定し、人間の一切の営みは清浄であると説く。立川流の本尊は荼吉尼(だきに)天(てん)。バラモン、ヒンドゥー由来の存在で仏教にも採り入れられているが、肉食で殊に人肉を好むとされる。荼吉尼天に見立てた嬰児の髑髏に金箔銀箔を施したものが立川流祭祀の本尊となるが、箔を貼付けるために使用する糊は男女交合の際の愛液。箔を貼り終えるまで性交を継続する必要があり、体力、持続力が要求され、これを満たす技巧も教義の一環とされる。
 一三世紀末に誓願坊が著した『受法用心集』で厳しく断罪され、一四世紀末の宥快上人の『宝鏡抄』でも批判が繰り広げられているところを見ると、立川流は相当長期に亘りわが国深部に浸透していたと思われる。天正年間には十数回も高野山、根来山で立川流秘儀伝授が行なわれたとの記録が残る。立川流を操る秘儀集団がわが国の最深部で暗躍していた様が想像できる。
▼フリーメイソンやKKK、青幇、哥老会等々世界には秘密結社、闇組織と呼ばれるものが星の数ほど存在する。長大な歴史を持つわが国に地下結社等が存在するのは必然で、立川流もその類と考えれば理解しやすい。この闇結社の根源は仁寛や文観ではなく、武蔵国立川の陰陽師兼蓮に行き着く。立川は平安期関東全域で活動した武蔵七党のひとつ立川氏支配の地で、立川氏の先祖は高皇産霊尊の子孫である日奉(ひまつり)氏。兼蓮と立川氏、あるいは陰陽師の関係は不明だが、ここに立川流の根源があるのは相違ない。
 一四世紀初めに著された『徒然草』一一五段に以下の記述がある。「宿河原といふ所にてぼろぼろ多く集まりて九品の念佛を申しけるに」。宿河原とは現在の川崎市高津区宿河原で立川とは目と鼻の先。ぼろぼろとは暮露暮露と書き異形の高野聖を指す。仇打ち探しに来たぼろぼろが仇を見つけ宿河原で決闘し相討ちとなり、兼好はこれを「いさぎよく覚えて」徒然草に記載したと述べているが、この背後に透けて見えるのは男色の物語である。
 わが国の闇結社は幾重もの防護壁で秘匿され、その最大の障壁は天皇家と被差別にある。これを超えると邪教と歌舞伎や男色に阻まれる。立川流を包むのはその全てであり、淫靡で妖しげな存在の深奥には奇怪な日本闇組織が蠢いているようである。(黄不動)