常夜燈索引 

                    

 白土三平と「渡り」びとの世界 
      (世界戦略情報「みち」平成24年(2672)4月1日第357号) 


▼『忍者武芸帳影丸伝』『カムイ伝』等の作品で知られる白土三平は今年八〇歳になった劇画界の大御所。幼児期には流浪のプロレタリア画家だった父岡本唐貴に連れられ被差別集落やマタギ、朝鮮人居住地域等を転々とし、終戦直後から紙芝居を描いて生計を立てていた。漫画家としての出発は昭和三二年で、一般には忍者漫画家とされるが、作品に描かれる被差別民やサンカあるいは本願寺、一向宗等の描写は繊細で精密、真実が薫り立つ。周到な取材と同時に幼少期の記憶が作品から滲み出てくる。
 白土の名作の一つに『ワタリ』がある。束縛されることを嫌う忍者一族の少年ワタリが伊賀を支配する陰の存在と凄まじい忍術戦を戦わせる物語だ。支配者を倒し自由を手に入れたと思った瞬間、信長と通じていた支配者の手引きで織田軍が侵攻、伊賀忍者は壊滅する。倒した筈の支配者は真の支配者ではなく実体は別で、なお生き延びて日本中の忍者を陰から操ろうとしている。伊賀を脱出したワタリの一族は戦国乱世を生きるが、徐々に様々な制約、束縛を受ける。後に幕府御庭番となった伊賀忍者服部半蔵が支配者の直近であると判明し、ワタリ一族と徳川忍群との死闘が始まる。
 白土には『風魔』『忍法秘話』など、忍者を通して裏社会に肉薄する作品が多い。そこには風魔忍群や根来衆、馬借といった職能集団が数多く登場する。彼らがマタギやサンカ、被差別の間を駆け巡り情報収集、操作を行ない、これを支配階層が巧みに利用する。漫画に描かれるその様は歴史に実在したに違いないと想像を掻き立てる。
▼一向一揆の研究者として知られる井上鋭夫に鑓(やり)講の研究がある。鑓は国字で槍と同意語。講は本願寺の下部組織だがときに独自の組織として戦国期に表舞台に立つ。例えば天正二年(一五七四)府中城を攻め落とした越前門徒が実権を掌握した際、本願寺顕如は守護職を派遣するが、講がこれを拒否し本願寺と戦闘状態に陥る。このとき活躍したのが『朝倉始末記』によると鑓講だという。鑓講とは槍を持つ武装集団だが、背後に金属精錬組織を抱える。金属を扱う渡り職人が一向一揆に重要な役割を果たした可能性を井上は示唆している。藤木久志は『日本の歴史・織田豊臣政権』(小学館)でこう言う。
「一向宗は『渡り』すなわち水の世界に生きる舟人など漁業・流通のにない手たち、深山渓谷に資材を求めて旅する木地・金掘り・鍛冶などの技術者集団、そうした土地なき非農業民を基底にもち、大名権力に抵抗をつづけてやまぬ一向一揆の秘密を解く鍵は、じつにここに求めなければならぬ。これは、その生涯を一向一揆の研究にささげられた井上鋭夫氏の一向一揆論の独創的な核心であり、惣村=一向一揆論、ないし農民一揆論ともいえるような、農民を中心にしたこれまでの一向一揆論に対する重大な批判を内包し、『渡り』びとの地位に光をあてつつ、『海山から里へ』という、あたらしい筋道で一向宗の本質の解明に肉薄しようとする、画期的な研究であった」
▼近世中世古代と歴史を遡る毎にその闇は深まる。遺物も文献も数少ない裏面史を覗くためには、どの世界に於いても身分、人種、宗教の対立の深奥に立ち入る必要がある。同じ仏教徒にあっても宗教対立はあり、同じ日本人であっても人種対立はある。藤橘源平という氏姓から外れる服(まつ)ろわぬ民には縄文古代人、渡来人だけに終わらぬ幾多の国津神とされる日本少数民族が存在し、その連帯と抗争がわが国闇社会の歴史を動かして来た。彼らは生業の中に秘儀を作り、技術だけではなく生活様式、芸術さらには宗教の中にまで口伝としての秘事を持ち込む。浄土宗の中にも「一心陰陽戒体門」という秘儀が成立したとの伝承があるが、この秘儀の本質は男女陰陽合体によって即身成仏を目指すもので、真言密教立川流に繋がる怪しさが窺える。浄土宗と真言宗の合体の背後には怪しげな日陰者の人脈が蠢く。鎌倉室町戦国という四〇〇年間の宗教を瞥見しただけでも背後に複雑な身分や人種が潜む。その意味でわが国は正に世界の縮図であり、わが国の身分、職業、人種、宗教差別の本質は世界に広がる差別同様あるいはそれ以上に奥が深い。闇社会の歴史を覗き込むためにはまずわが国の闇社会を理解する必要がある。
▼白土三平が描いた『ワタリ』は、支配者を倒した直後に信長軍が侵攻し、壊滅した伊賀からワタリ一族が脱出するとき、真の支配者が山頂からそれを見つめる場面で終わっていた。人気作品だったため編集側が続編を希望。作者は病気を理由に執筆を拒否。続編は白土の実弟やアシスタントたちが執筆した作品だった。姿を現すことのない真の支配者を最後の一駒に描いたところで、白土としては作品を終えたかったのだろう。
 白土の作品には宗教色はほとんどない。だが忍術や呪術等の背後にはわが国の土着信仰が潜み、鎌倉仏教とも絡んで、闇の歴史を表出させる。大陸、半島とも繋がる異端宗教史への興味は尽きることがない。(黄不動)