常夜燈索引 

                    

 日本北朝鮮ウリスト教と聖母の正体 
         (世界戦略情報「みち」平成24年(2672)6月15日第362号) 


▼一九二二年末のソ連建国宣言前後に行なわれた粛清に飢饉が加わり、当時ロシアでは数百万の命が失われたが、そこには宗教関係者数十万人が含まれる。ロシア革命後、正教会はソ連政府の正当性を認めることで辛うじて存続したが、共産圏で宗教が生き残るためには相応の屈服が必要となる。共産圏ながら北朝鮮は憲法で信教の自由を謳うが、宗教は基本的に主体思想と対立するため実質的には宗教は存在しないとの観測がある。一方で北朝鮮には国教としてウリスト教があり、多くの国民がこの宗教を信じているとも伝えられる。ウリスト教を御存知ない方も多かろうが、キリスト教ネストリウス派の亜種と分類される宗教である。
▼朝鮮民族には檀君に纏わる神話がある。檀君神話は伝承であり多くの異説を持つが、一三世紀末に高麗の禅僧一(イル)然(ヨン)が著した『三国遺事』に従って概略を記してみよう。
 天帝桓因(ファニン)の息子桓雄(ファヌン)は天賦印を授かり三千人の従者を引き連れて太伯(テベク)山頂の神檀樹の木の上に天降った。太伯山とは中朝国境に位置する白頭山と考えられ、桓雄はこの山麓に神市という聖地を造る。これが檀国である。
 桓雄が天降った神檀樹の下にある岩山の洞窟に虎と熊がいた。虎と熊は桓雄を慕い、人間になりたいと申し出る。桓雄は苦行を申し渡し、虎は途中で諦めて逃げ出すが熊は言付を守り天上界にも稀な絶世の美女に生まれ変わる。桓雄はこの熊女を妃に迎え、彼女は神檀樹の下で皇子を生む。神檀樹に因み檀君と名付けられた皇子は、父桓雄に命じられ、肥沃な平野に移って都を開き国を治めることになった。都は王倹(平壌)、国を朝鮮と称した。檀君は一五〇〇年に亘り朝鮮を治め、その後を支那人の箕子(きし)に委ね、一九〇八歳で山に入り神霊になったという。
 以上が檀君神話であり、箕子朝鮮は後に秦に服従したため支那はこれを正史と捉え、朝鮮民族は箕子朝鮮を実体のない物語と黙殺する。元来、物証のない神話世界の話だが興味深い異説がある。檀君が朝鮮を治め千数百年を経たころ、日本人仙女の訪問を受けたというのだ。この仙女は新潟県長岡市、旧古志郡山古志村に生まれた柴原(しはら)タメといい、世界最高の巫女とされる。
 檀君は柴原タメに問う。「なぜ私には子ができないのか」。仙女は檀君に体を寄せ神託を述べる。「貴方には子を作る能力がありません」。これに頷いた檀君は世襲を諦め禅譲を決意する。だがこの後、神託に反し仙女が檀君の子を身籠って、太伯山麓で男児を出産する。これがウリストだ。ウリストとは天孫檀君と新潟県出身の日本人聖母との間に生まれた混血児なのである。
▼イエスの死後、多神教文化との軋轢の中でキリスト教は一神教へと邁進する。五世紀当時最大派閥だったネストリウス派はキリストに神性、人性の両性を認めながらも、マリアは人性キリストの母であるが神の母ではないとし、エフェソス公会議により唯一神教の原点から外れた異端と見做され離脱。セレウコス帝国(シリア)やクテシフォン(イラク)に総主教を立て、最終的にはアッシリア東方教会がこれを継承する。
 七世紀初頭、アッシリア東方教会の司教ペルシア人の阿羅本(あらぼん)が唐の長安にネストリウス派の教義を伝える。太宗がこれを公認すると、景教という名で支那全土に普及。太秦寺を初め教会設立に努める。余談だが景教は日本にも伝わり、大避神社や三柱鳥居にその痕跡が残るとされる。支那で拡大発展した景教だが、唐代末期以降の中華思想昂揚により弾圧され消滅。僅かに鮮卑、匈奴等の北方遊牧民に引き継がれる。一三世紀以降にユーラシアを征服した大モンゴル帝国は基本的には天を崇拝するシャーマニズムだが、宗教に寛容であったため帝国内部でネストリウス派が復興。高麗では檀君神話と景教が巧みに合体してウリスト教が完成されたと説明されている。
▼宗教を学問的に分析することは愚の骨頂であり、北朝鮮の国教ウリスト教を異端ネストリウス派、景教の変形だと安易に納得すべきではない。
 古代に高位ウリスト教徒が日本の東北地方を訪れ布教した痕跡が青森県戸来のキリスト墓伝説に変化したとする説は、切り捨てることは容易だが傾聴すべき物語を内包している。ウリストは消滅後に中東でキリストとして復活したとされる。秘教学者の中にはスサノオが檀君に生まれ変わりエホバとして転生したと語る者もいるが、どこか相通じるものがある。仙女柴原タメは新潟から北朝鮮の元山を経由して白頭山に辿り着いたと言われ、この道筋がウリスト教徒の巡礼路とされる。
 平成一六年に北朝鮮制裁の一環として特定船舶入港禁止法等を成立させたわが国は、以降経済制裁を続け、今年四月にも一ヶ年の延長が決定された。だが万景峰号はヒト・モノ・カネを運搬するばかりでなく、日朝の心を繋ぎ霊的交信を可能とする希少な往来だ。拉致問題解決は最重要課題ではあるが、神性と人性が複雑に絡み合い縺れた糸を一気に解く叡智を両国其々の庶民が秘めているはずである。(黄不動)