常夜燈索引 

                    

 呪術師蘆屋道満と陰陽師阿倍晴明
        (世界戦略情報「みち」平成24年(2672)7月1日第363号) 


▼浄瑠璃や歌舞伎の『蘆屋(あしや)道満(どうまん)大内(おおうち)鑑』(かがみ)は初代竹田出雲の名作で一般には『葛の葉』の名で知られる。呪術師蘆屋道満と陰陽師安倍晴明の対立を描き、両者の伝説を巧みに一本の物語に纏め上げる。三重県鳥羽、志摩地方の海女が持つ護符「セーマンドーマン」は五芒星と格子縞の二種文様から成るが、星形は晴明を格子は道満を表す。蘆屋道満と安倍晴明の伝説は全国に広がり地名に残る場所も多く、『宇治拾遺』や『続古事談』『説経節』などの物語文学にも描かれる。伝説内容に若干の差はあるが概略をご紹介しよう。
▼村上天皇の御代(平安時代中期)のことだが河内国の石川悪右衛門の妻が重い病気を患う。悪右衛門は呪術師として名高い兄の蘆屋道満に診立てを依頼し、「若い雌狐の生肝を呑めば治る」と判じられる。そこで悪右衛門は信太森(しのだのもり)(和泉市)で白い雌狐を追ったところ、安倍野の保名(やすな)がこの狐を助けてしまう。このとき保名は傷を負ったが、葛の葉という美しい女が現れて手当てをして、家まで送ってくれる。葛の葉はその後も保名の看病を続け、いつしか二人は恋仲となり、結婚して童子丸という男の子を儲ける。童子丸が五歳のときに、葛の葉が信太森で助けた白い雌狐だったことがわかり、正体を知られた狐は森へと帰ってしまう。このとき雌狐の葛の葉が残した一首。

  恋しくば尋ね来て見よ和泉なる
  信太の森のうらみ葛の葉

 保名は童子丸を連れて信太森に雌狐を訪ね、葛の葉から鳥獣の言葉を理解できる水晶の玉と竜宮世界の秘符を譲り受ける。さらに童子丸は代々安倍家に伝わる天文学の秘伝書『簠簋(ほき)内伝(ないでん)』、仙人から授かった『金烏玉兎(きんうぎよくと)』を手に入れ、名を安倍晴明と改め天才陰陽師と謳われるまでになる。
 安倍晴明は左大臣藤原道長に仕え、やがて帝の病を治したことから昇殿を許され、陰陽頭の称号を受けるまでになる。安倍晴明が現れるまでは天下一と持て囃されていた蘆屋道満はこれに腹を立て、帝の前で呪術合戦を行なうことを画策する。帝は長持に大柑子(おほかうじ)を一五個入れ両者の前で中身を判じさせる。道満は大柑子一五個と答え、暫く沈黙の後晴明は鼠一五匹と判じる。内心では晴明を支持する公卿貴族たちは落胆したが長持が開けられると中から鼠一五匹が走り出る。晴明が式神を使って大柑子を鼠に変化させたのだ。帝の前で敗北した道満は後日、悔しさの余り晴明の父保名を斬殺。その死体を犬や鳥に食わしてしまった。
 これを知った安倍晴明は父保名が殺された一条戻橋の上に壇を飾り、仙人から授かった『金烏玉兎』の中の『生活続命法』を一刻ほど続ける。すると鳥獣が肉片を持って集まり、やがてそれらが一体の骸となり、ついには生命を取り戻す。この後、保名、晴明父子は蘆屋道満の首を討ち取る。
 きつねうどんを信太うどん、稲荷寿司を信太寿司と呼ぶのは浄瑠璃『蘆屋道満大内鑑』に由来する。
▼安倍晴明は実在の人物。延喜二一年(九二一)に摂津国安倍野に生まれ、八四歳で天寿を全うしている。物語に登場する父の保名は創作上のもので、本当の父は大膳大夫安倍益材(ますき)とされるが異説もある。若い頃から天才陰陽師賀茂忠行(ただゆき)、保憲(やすのり)父子に陰陽道、天文道を伝授され、三九歳で村上天皇の信を得る。その後天文博士に任じ、左大臣藤原道長に仕え、花山天皇、一条天皇の信頼厚く左京権大夫、播磨守等の官職を歴任した。その名声に肖っ(あやか)て後世の陰陽師たちが各地に晴明塚を建立するなど全国に晴明伝説を広めた。
 一方蘆屋道満が実在したとする物証は一切なく、安倍晴明との呪術合戦も創作物語以外には見られない。江戸期に著された『播磨鑑』に播磨国岸村(きしむら)出身の民間陰陽師との記述があるが後世の作のため信憑性に欠ける。藤原顕光に仕えたとの伝承もあるが、藤原顕光は父の関白藤原兼通の威光で左大臣となった人物で、儀式の度に失態を繰り返し悪霊左府、無能の極みと蔑まれた。蘆屋道満とは安倍晴明を際立たせるために創作された架空の存在と見做されることが多い。
▼戦後間もない昭和二四年暮に兵庫県六甲山中金鳥山狐塚で楢崎(ならさき)皐月(こうげつ)という男が老人から巻物を見せられる。楢崎は戦時中関東軍独立第一中隊に所属し、満洲吉林省で陸軍製鉄技術研究所所長として秘密研究を行なっていた人物。その研究内容はニコラ・テスラと比肩されるオカルティックなものだった。昭和四一年以降に楢崎は巻物の内容を順次公表。これが『カタカムナノウタヒ』通称カタカムナ文献と呼ばれるものだ。カタカムナは長短全八〇篇の詩から成るが、冒頭第一首にアシアトウアンなる人物名が登場する。カタカムナ研究者の多くはこれを蘆屋道満に関係すると説く。かつてこの地にアシア族が住んでいたが天孫族との争いに敗れ大陸へ脱出、以て日本先住民の叡智が支那等へ流出。僅かに残った一族が兵庫の芦屋に住みカタカムナの秘伝を継承したとする。事の真偽は不明だが、楢崎が解読した奇書カタカムナには、それなりの超越性がある。次号では、楢崎の秘密に迫りたい。(黄不動)