常夜燈索引 

                    

 奇書カタカムナと楢崎皐月 下
     (世界戦略情報「みち」平成24年(2672)8月1日第365号) 


▼陸軍の命を受け吉林省で質量勢力に関する特殊技術の研究を行っていた楢崎皐月は昭和二〇年八月に帰国し星製薬内に重畳波研究所を開設した。これに関し星一(ほしはじめ)は「世界最高水準にある陸軍の研究活動継続を決意し楢崎のみを表出させ他は地下で潜態活動を行なった」と表現していた。楢崎が研究を続行した軍の研究とは脈絡から考えて重畳波と考えられる。重畳波とは主に電磁波の干渉に使われるが、楢崎の研究は土地や大気の環境全体に及ぶものであり、昭和二五年に指導を開始した植物波農法にその成果が端的に表れている。植物波農法とは有機農法、有機微生物農法に電子技法等を組み込んだ環境技術の集約で、大気電位、大地電位の調整、電気特性により種子種苗を改善させる技術等が盛り込まれている。楢崎は昭和三三年には更に物質変性法、人体波健康法を完成させ、植物波農法と合わせて『静電三法』として刊行。マイクロ波や電気技法を述べるに留まらず物理学を超越した秘教学的科学を展開する。戦前から戦後、吉林省から星製薬へと研究の場を移した楢崎による軍の秘密研究は現代科学を超越したオカルト的論文に収束したとされる。
▼昭和二四年一二月、仲間数人と共に兵庫県の六甲山系金鳥山で電位を測定していた楢崎皐月の前に平十字(ひらとうじ)と名乗る奇妙な老人が現れる。老人は楢崎たちが微量電位測定の為に設置した機器を取り外すよう要求、これに応じると平十字は御礼として古い巻物を見せる。楢崎はその巻物を「江戸期の和紙に書写されたと思われ、丸と十字を基本とした図象が渦巻状に八〇個程記されていた」と表現している。平十字の父はカタカムナ神社の宮司であり巻物は神社の御神体で、これを譲る事も貸す事も不可だが筆写することは差し支えないという。以降楢崎一人が金鳥山狐塚の洞穴に潜み巻物を筆写した。これがカタカムナノウタヒである。
 当時の状況について娘博子氏はこう語っている。「父皐月は終戦後、習志野の自宅から都内の仕事先に出掛けていました。生活は普通の会社員と何ら変わったところはありません。ただ出張と申して家を空けることは多かったと思います。昭和二四年の暮に六甲に出掛け翌年一月末まで滞在したようです。普段は帰宅しても何も言わない父がこの時ばかりは不思議な体験をしたと何度も興奮して語っていました」。
 楢崎皐月が金鳥山で会った平十字とは何者か。異界の存在が時空を超越して滲出した、秘教集団が接触を図ったなど諸説あるが、腑に落ちる解説には巡り合えない。
▼『静電三法』の立脚点はカタカムナにあると言う程両者には酷似した面がある。以てカタカムナとは楢崎皐月の創作との説もあるが現実には『静電三法』はカタカムナのごく表層であり深奥には程遠い。
 カタカムナには農業や健康法とは無縁の古代科学技術が多量に見られる。例えば製鉄法を説いた句三首の内の一つ「カムナガラ オロシホムロギ カナメヤキ ホコネクシカネ タルミタメ カタシフキミチ カムヒルメ」は概略以下の様に解読できる。「カムナガラのサトリによると山頂から吹き降ろす強い風を使って、山の斜面に設置した焼き物用の炉を用い金属分を含む鉱石を焼く(カナメヤキ)。これは火山から熔出した鉄の塊(ホコネクシカネ)を焼いてその表面から流れ落ちる滴下鉄を溜める方法であり、自然の理にかなった鍛冶吹きのやり方である」。
 嘗て日本の製鉄は六世紀以降の古墳時代に始まったとされていたが、広島県三原市小丸遺跡から製鉄炉跡が見つかりこれが西暦二〇〇年前後のものと発表され(平成七年一月)、従来の常識を三五〇年も押し上げた。然しそれでも三世紀の話で、縄文以前に日本に製鉄法があった等学界の人間が聞けば一笑に付するだけだろう。だが酸性土壌の多いわが国の各所から鉄に関する奇妙なものが見つかっているのも事実である。例えば大分国東半島からは三〇〇〇年前の鉄滓二万トン超が、北海道の釧路海岸では三、四万年前の地層から鉄矛の化石が発見されたが、これらは火山の溶岩熱が砂鉄を溶かした結果、自然が偶然に作り上げたものと説明される。カタカムナが説く製鉄法は自然の力を利用し、現存すれば恰も自然に作り出されたように出現する筈だ。
▼昭和四〇年以降古事記の読解を開始した楢崎は日本の超古文明存在に確信を持ち、昭和四四年には弟子である宇野多美恵と共同で「相似象学会」を興しカタカムナの解読を始めた。解読途中の昭和四九年に楢崎は他界。後を継いだ宇野多美恵は平成一八年に火災により死亡。その際貴重な文献類も焼失してしまった。
 カタカムナは超古代の科学書とも云われるが中には一九九文字から成る哲学的詩歌も含まれる。その全編は音読可能な仮名文字に置換されているが渦巻状の記号を仮名縦書きに換えた結果、本来の意味が喪失されたとの懸念は払拭できない。陸軍の秘密研究の最終形として楢崎が遺したカタカムナの研究は在野の有志に投げ掛けられたまま今日に至っている。(黄不動)