常夜燈索引 

                    

 明石元次郎配下漆原松吉のこと
       (世界戦略情報「みち」平成24年(2672)9月1日第366号) 


▼みなもと太郎という漫画家がいる。本名は浦源太郎、昭和二二年京都生れ。昭和四五年に青少年が熱狂した『巨人の星』『あしたのジョー』二大作連載中の「少年マガジン」にスパイ活劇『ホモホモ7』というギャグ作品を連載して注目を集めた。代表作は戦国から幕末までの傑物百人以上を描いた長編『風雲児たち』だが、版元が潮出版社で作者が創価学会員であることが禍となったか、力作ながら評価は低い。
 みなもと太郎が「ヤングキング増刊斬鬼」(平成一五年一月)に連載を開始した『松吉伝』という作品がある。本人の都合で連載を休載し、挙句に雑誌が廃刊となり、平成二〇年末に番外編を同人誌に発表して漸く完成。全一三〇頁程が二分冊で自費出版に漕ぎ着けた。描かれているのは作者の母方の祖父漆原松吉であり、この作品は題名通り漆原松吉の一代記である。
▼漆原夫妻が浦源太郎の実家に転がり込んできたのは昭和二四、五年のこと。祖父夫妻は非常に裕福で衣類履物から持物全て、螺鈿(らでん)の盆、青磁の湯呑、堆朱(ついしゆ)の箸入に象牙の箸、茶碗は唐の蛍焼きに至るまで豪華絢爛。起居振舞も気品が溢れ只者ではない雰囲気。幼い源太郎は祖父松吉が好きでその膝の上が指定席だった。ある日祖父と散歩に出て蝮と(まむし)出会す。その瞬間、祖父は源太郎を片手で持ち上げ蝮と対峙。両者同時に飛び動き、哀れ蝮は松吉の下駄で頭を粉砕される。興奮状態で母トシに報告すると「柔道剣道から馬術まで師範の腕前の松吉にとって蝮など屁でもない」とまったく動じない。
 源太郎の瞼に焼き付いている松吉の像はこの程度だったが、祖父没後に父母から語り聞かされたのは驚愕の物語。とはいえ物証は一切なく全て父母からの又聞き情報。状況証拠から限りなく真実に近いと推測されるものの夢物語と断じてしまえばそれまでの話。その夢物語の一部を以下に記す。
▼幕末の頃、下野国で苗字帯刀を許された豪農漆原家の息子清三郎は家を飛び出し半呵(はんか)打ちとなる。半呵打ちとは親分も子分も持たぬ博徒のことだが、その清三郎の三男が松吉である。松吉は幼少から頭脳明晰運動神経抜群。三歳で小学校入学、満一〇歳で代用教員の資格を得、自分より年上の少年に学問を教えたという。その後紆余曲折を経て軍隊に入隊するが、時期を同じくして漆原本家に養子入籍する。栃木の名家出身と判明した松吉は文武両道に優れていたことから近衛兵に抜擢され、その雄姿が『松吉伝』の表紙を飾る。
松吉が近衛師団に入隊したのは明治三五、六年頃と思われるが直後に近衛師団参謀明石元二郎大佐から直々の呼び出しがかかる。緊張して出向いた松吉に明石大佐は言う。「儂に命を預けてくれないか」。その翌日以降松吉の姿は日本から掻き消えた。松吉が再び姿を現わすのは明治三八年夏、日露戦争終結直前のことで、明治天皇の警護をしたり、帰国した明石大佐の下で事務処理に励んだりした。その間凡そ一年半どこで何をしていたか、松吉は口を噤んで語らない。松吉の娘即ち源太郎の母は「どうせ明石さんについて満洲とかロシアにでも行ったんでしょ」という程度の認識しか持ち合わせない。
 日露戦争の折り明石元二郎は欧州で謀略戦を担当、その功は「明石一人で陸軍一〇個師団以上の働きをした」(長岡外史陸軍参謀次長)とも評価される。明石はジュネーブにレーニンを訪ね革命を煽動したとの説もあるが、これは捏造話。明石はヘルシンキから殆ど動かず配下が実働部隊として動いたとされる。明石配下の七奉行として中村天風、鬼倉足日公等の名が挙がるが漆原松吉もその一人だった可能性がある。明石大佐は参謀本部から一〇〇万円を融通され背面工作したともいわれる。国家予算二億円強の時代の話で現在の三、四〇〇億円に匹敵し、史家の間ではこの金額を訝る向きも多い。
「儂の諜報活動を話せば日露戦争の歴史が変わる」と松吉の口は堅いが、源太郎の実父は元新聞記者で同居する義父の過去を暴こうと手を尽くす。聞き出せたのは僅かだが、それすら嘘八百の物語に思える。工作資金にしても「それっぽっちで何ができる。実際はその一〇倍を遥かに超えていた」と、英米を中心に欧州各国が日本贔屓の報道を連ねた裏にも資金は使われたと匂わせる。更に「露国諜報機関を丸ごと買収した」「実情を知るのは政府軍部のごく一部。但し東郷平八郎だけには伝えられていた」とも語る。御前会議で東郷が「必ずやバルチック艦隊を殲滅してご覧に入れます」と豪語した裏にこうした事情があったのだろうか。
▼明治末期に近衛師団から憲兵隊に配属された松吉の部下が甘粕正彦で、甘粕は屡々松吉の家を訪れている。大正に入って間もなく松吉は併合された韓国各地警察に署長として赴任するが、天津に幽閉されていた溥儀を甘粕が連れ出し、その処理にも松吉は重大な役割を果たす。何れも伝聞情報に過ぎないが、記録され語り継がれる正史の裏に秘匿された闇の歴史があり、そこでは生身の人間たちが感情も露わに現世を生き抜いている。与太話と捨て去るには惜しい物語だ。(黄不動)