常夜燈索引 

                    

 日本たばこ民営化とシリア内戦 
      (世界戦略情報「みち」平成24年(2672)9月15日第367号) 

▼茄子科ニコチアナ属の煙草は南米アンデス野生種を品種改良したもので、古代では宗教儀式に用いられる神聖な植物だった。マヤには乾燥させた煙草葉を火中に投げ入れ神官がその煙を吸う宗教画が残されている。中世以降中米では庶民の生活の場に広まっていたらしい。一五世紀末に米大陸に渡ったコロンブスが原住民から煙草を貰い受け、スペインに持ち帰ったことにより煙草は欧州で爆発的に拡散した。
 煙草を初めて口にした日本人は記録上慶長六年(一六〇一)の徳川家康というが、実際には半世紀以上前の天文一二年(一五四三)の鉄砲伝来時に伝わり、天文年間には既に長崎等で煙草栽培が行なわれていた記録が残る。江戸期に入ると簡単に現金収入になることから農家の間に煙草栽培が増加。年貢に直結する米禄高減少を危惧した幕府は栽培禁止令や禁煙令を出すが効果なく、五代将軍家綱の頃には各藩が煙草に税を課し税収増を計るようになる。
 明治九年(一八七六)、新政府は煙草に印紙を貼付する形で煙草税を導入したが、日清日露の戦費調達を目的として煙草に関する専売制が拡大する。煙草専売は明治三一年以降大蔵省外局専売局が行なっていたが、戦後GHQマッカーサーの要望により大蔵省から分離独立、昭和二四年に日本専売公社という特殊法人となった。これが「日本たばこ産業株式会社法」の成立を受けて昭和六〇年四月に特殊会社「日本たばこ産業株式会社」(JT)となる。全株式の半分以上を国(財務省)が保有すると規定された会社で、税収を含めて煙草が事業として有用であることが理解できる。
▼わが国成人男性の喫煙率が最も高かったのは昭和四一年で八三・七%。この数値が平成二三年には三六・〇%に落ち込んだ。成人女性喫煙率は一二・〇%で四〇年間殆ど変化がない。わが国総成人比率では二三・九%でこの数値は世界的にみて平均的。因みに先進国の喫煙率は仏二六・二%、独二一・九%、英二一・五%、米一六・一%。喫煙率が高い国としてギリシア、ロシア、トルコ等が知られ何れも五〇%近い数値だが、途上国では未成年者の喫煙も多くその実態は不明である。
 国内市場に発展性がない日本たばこ産業株式会社(JT)が海外に進出することは必然で、この役割を担って設立されたのがジュネーブに本社を置くジャパン・タバコ・インターナショナル社(JTI)であり、一〇〇%JTが出資し、二万五〇〇〇人規模の従業員を抱え世界一一〇ヶ国超を相手に二五〇億本の煙草を売り捌く。その販売量は日本国内総消費を凌駕している。
▼途上国との取引には闇組織との密輸問題が頻出する。これを危惧したJTは平成二〇年末に実態調査を開始する。担当したのはJTIアジア太平洋地域統合部副部長だったD・レイノルズで二年余の歳月をかけて主に中東地域における煙草不正輸出を調査し、平成二三年四月に非合法組織に巨額の煙草輸出が行なわれていること、JTIの幹部がその実態を熟知していることを本社JTの法務担当執行役員に報告する。報告の三日後レイノルズはJTIから解雇通告を受ける。真偽の程は不明であるがレイノルズは米CIA要員との説があり、彼の調査内容を疑問視する向きもある。JTIを解雇されたレイノルズは現在米国FBI職員となっている。彼が調査したJTI不正輸出に関して平成二三年一一月に英加系情報社トムソン・ロイターが大々的に報じたが、わが国報道媒体はこれを無視し、一般にはほとんど知らされることがなかった。
 中東との不正取引として問題視されたのは、JTIがヨルダンと合弁で設立したIBCS社を通して行なわれたシリアの免税店に対する九〇〇〇万本の輸出である。当該免税店は対シリア経済制裁の対象であり社主ラミ・マクロウフはアサド政権の武器購入に資金提供していると糾弾されている人物であった。
▼シリア内戦は激化を極め、現地の戦闘だけでなく世界中で体制派と反体制派が情報合戦を繰り広げている状況が続く。八月二〇日にはシリア北部アレッポで取材中の山本美香さんが銃撃を浴び死亡する事件が起きた。日本人であるが故に銃撃された可能性が高いが、政府軍兵士の自供報道や真犯人反政府軍説が入り混じり真相は闇の中にある。反政府軍側に立つ英米系情報媒体は銃撃死事件を政府軍犯行と断定し、事件翌日の二一日にはEUが改めてJTIの不正輸出問題を調査中と報道して、アサド政権に揺さぶりをかけている。
 JTI不正輸出問題は単にシリア体制派を追い込む目的で仕掛けられたとは思えない。昨年末、民自公合意で「復興財源確保法」等が成立したが、これにより財務省保有のJT株を半分から三分の一に減らし一〇年以内に全株式を売却することが決定した。金の亡者にとって垂涎の的のJT株である。何事もなければ高値取引となるはずだが、巨大不正が発覚すれば暴落は必至。JTI途上国取引の実態次第で更なる衝撃が起きる可能性も見えてきている。 (黄不動)