常夜燈索引 

                    

 星一と楢崎皐月が抱える闇
    (世界戦略情報「みち」平成24年(2672)11月1日第370号) 

▼芥子栽培を軌道に乗せた昭和初期、阿片王・二反長音蔵は日本だけでなく朝鮮、満洲さらには蒙疆(もうきよう)にまで活動の場を広げる。薬用阿片増産が世のため国のためになると信じる音蔵は、生産地が欧米列強の目を盗むように奥地へ広がる現実に疑問を感じなかったと息子の二反長半は著書に書く。しかし仕込杖携帯を常とする音蔵が真に麻薬取引と無縁であったかは疑問が残る。殊に満洲國白頭山系で採取された阿片は殆どが馬賊への供出品だった。音蔵が寄稿した記述からも真相が窺える。
「長白から少し東進すると新義州から二五〇里上流の鴨緑江に出るが(中略)戸籍の調査もなければ警察もないという状況だ。地権といえばあの谷から向こうの丘までが自分の所有地という漠然たるもの。又この辺りは山が伐採されているに関らず馬賊の出没盛んなのは、一度雨が降れば忽ち道は川になる。川には橋もないためだ。……阿片吸引場を視察したが世紀末的慄然たるものを感じた。安東では阿片百匁を吸引するには、売店が一度吸引した灰を新阿片百匁に加えて二倍とし、これを三千から三千五百にきざみ、一個包み二十銭又は三十銭で売っていた」
 東亜全域に阿片王の名が知れ渡った昭和一〇年元旦の専門紙『薬石新報』掲載の「芥子栽培阿片製造の初源は星一の手によるもの」という記事を見て音蔵は仰天する。後藤新平に紹介されて以来三〇年近く星一と親交を温めてきたが、自分の事績が掏り替えられた記事を読み、愕然となり新聞社に抗議文を送りつける。その抗議文がどう処理されたかは不明だが、二人が再会した話がない所を見ると以来絶縁となった可能性が高い。
▼星一は米国から帰国後、石原莞爾、内田良平等と深い親交を築きながら明治三八年に製薬所を設立。同四一年には衆院選に当選。四四年に星製薬株式会社を設立し翌年夏に初の国産モルヒネ製造に成功。世界の製薬王とまで呼ばれるようになる。大正八年には後藤新平から駐日独大使ゾルフを紹介され、大戦敗北後の独逸の窮状を聞かされるや当時としては破格の八万円を独政府宛に送金。その後も継続された星の支援は日本委員会星基金として独化学界を支え続けた。大正一一年には星商業学校(星薬科大)を設立、順風満帆に見えたが大正一三年に後藤新平の政争の煽りを受け阿片令違反で逮捕され、信用失墜。二年後に無罪を勝ち取るがその間に資金難に追い込まれる。
 星一逮捕の際、警官は星の自宅の貧弱さに瞬時躊躇ったというが、星も音蔵と同様に私利私欲等一切眼中になく、人生の目的を胆で理解し苦境を堪能できる男だった。人生どん底状態の大正一四年に結婚。台湾で立ち上げたキニーネ工場を軍に強制供出されるという重なる窮地に満洲進出という大博打を打つ等、波瀾万丈こそが星一の真髄。斯様な男が他人の事績を横取りする様な真似をした理由は不明だが、二反長音蔵と袂を分かった以降の星がモルヒネ製造に異常な執着心を燃やした所に彼の本質が見える。
「これからは台湾ではない、満洲だ」国策により台湾の工場を接収されるや星は東京五反田にあった最新鋭独逸製モルヒネ製造機を全て満洲に送る。昭和一八年以降終戦迄頻繁に満洲に出向き哈爾濱(ハルビン)、新京、奉天等の阿片加工場を最大限度迄稼働させる。
▼電気技術者であり人造石油の研究者として知られる楢崎皐月が石原莞爾の要請に従い満洲に渡り哈爾濱、吉林等で特殊製鉄の開発研究を始めたのは昭和一八年。同質の鉄鉱石から造られる鉄に差異が生じる原因を大地及び大気電気に求めた楢崎と阿片製造の星一との間に如何なる関係が生まれたか不明だが二人は満洲で親交を持つ。
 昭和一九年春、短期間の帰国を果たした楢崎は福島県相馬郡で植物波農法の初歩的実験を行なう。耕地の電位調整、種子の電気的改善等、天才電気技師の面目躍如といった所だが特殊鋼製造に携わっていた楢崎が専門外の農作物に挑んだ理由は不明。満洲に拠点を置いた星一は阿片モルヒネに邁進し芥子の品質安定に頭を悩ますだけだった。同じ土地に同じ種子の芥子を育て何故モルヒネ含有量に大幅な差が生じるのか。楢崎の研究と星の関心事に共通点があるようにも見えるが製鉄と芥子栽培とでは対象は余りに違い過ぎる。
▼終戦直前に帰国した星一は星製薬内に重畳波研究所を開設したがその目的は「世界最高水準の研究活動を継続し楢崎のみを表に現す潜態活動」にあったと伝えられる。その実体は不明ながら昭和二五年に楢崎が刊行した『植物波農法』、昭和三三年の『物質変性法』『人体波健康法』が楢崎本来の研究課題と無縁な点に疑問が生まれる。
 全薬業に関与し殊にキニーネ、モルヒネに意欲を燃やした星一が本拠地哈爾濱郊外にあった関東軍防疫給水部と密接な関係を保ち続けたことは想像に難くない。終戦直前の八月初旬に星一は新京で甘粕正彦と密談を繰り返し帰国。前後して帰国した楢崎は星の拠点だった戸越や五反田から離れ石井四郎が潜む習志野に居を構える。闇に隠れた謎はなお奥が深い。 (黄不動)