常夜燈索引

                    

 錦秋の泉涌寺を訪ねて 
 (世界戦略情報「みち」平成24年(2672)12月1日第372号) 

▼北海道大雪山の紅葉は九月中旬に始まったが、同時期の東京の最高気温は真夏並みの三一・二度。大雪山に初雪が舞った一〇月六日の東京は二八度。日本列島の紅葉前線は北海道、東北を錦秋に染めながら南下し一一月初旬には琵琶湖に比叡山裾の鬱金(うこん)を映し出す。千余の寺院を有する京都市内の紅葉は一一月末から一二月初旬が見ごろ。東山三六峰の南端月輪山麓にある泉涌寺(せんにゆうじ)の紅葉は今が盛り。御座所庭園や雲龍院の紅葉に魅かれて普段は静寂な泉涌寺もこの時ばかりは観光客で賑わう。
▼泉涌寺の名を見た途端に眼が輝く方、険悪な表情になる方など、様々だろう。抑(そもそ)もこの寺は皇室の菩提寺であり、第三八代天智天皇以降の御位牌が納められ、第一〇八代後水尾天皇から幕末に至る天皇の陵墓が祀られる。故に御寺泉涌寺と称される由緒正しい寺であり、且又天皇家の謎や秘密が満載の寺だ。泉涌寺に関しては芳賀徹(東大名誉教授)を初めとして多くの学者知識人が書を著しているが、この寺の秘密を最初に提起したのは古代史家の小林恵子(やすこ)と思われる(昭和五三年論文「天武天皇の年齢と出自について」)。後に作家の井沢元彦も泉涌寺の天皇家位牌問題を取り上げるが(『逆説の日本史』)、裏面史や謀略史を語る時には屡々その名が出される。「京都にはさまざまな物語の跡がある」(梅原猛)というがこの寺はその代表だろう。
 泉涌寺大門前駐車場脇の拝跪聖陵と書かれた石柱が建つ細い参道を上り、眼下に泉涌寺の伽藍を眺めつつ掃き清められた石畳を進むと閉ざされた門に突き当たり、深紅に紅葉した楓が見頃を迎えている。孝明天皇の御陵である。第一二一代天皇は慶應三年一二月二五日に崩御されたが、弑逆説が今なお囁かれる。それも毒殺説、尻を突かれての暗殺、腹を斬られた等、諸説紛々。一方では慶應三年の崩御は世を欺く偽情報で、孝明帝は維新後も数年間京都に御存命だったとの説もある。何れが真実か解明の手段は全く無いが、孝明帝弑逆だけではなく天皇摩り替え説まで渦巻く維新の深い闇が眠る陵墓の前に立つと様々な妄想が駆け巡る。
▼泉涌寺霊明殿には歴代天皇の御位牌が奉安されている。一番古いのは第三八代天智天皇の御位牌。位牌はわが国固有の依代(よりしろ)崇拝と仏教の卒塔婆が合体されたものと解釈され、鎌倉期に禅宗と共に伝来した。従って天智天皇の御位牌は後世に作られたものと断定できるが、それに続く御位牌は天智直系の第四九代光仁天皇、五〇代桓武天皇。なぜかここには天武天皇以下持統、文武、元明、元正、聖武、孝謙(称徳)の御位牌が祀られていない。維新前迄は京都御所内に御黒戸(おくろど)と呼ばれる仏壇が存在した。維新後の神仏分離令(太政官布告神仏判然令)により御所にあった歴代天皇の御位牌は最終的に泉涌寺に祀られる運びとなった。現在泉涌寺には御所にあった御位牌も併せて祀られており、御所にも創建時から天武系の御位牌は存在しなかったと推測できる。平安京に遷都した桓武天皇は天智直系で、天智の息子大友皇子(弘文天皇)を討った天武系を排除したと説明されるが納得できるものではない。
 今上陛下はサッカーW杯日韓共催前に「私自身としては桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに、韓国との縁を感じています」と御発言され、天智系に百済色が色濃く投影されている可能性に言及された。小林恵子は天武が天智とは兄弟ではなく新羅系渡来人だったと説く。小林説は激動の亜細亜大陸全域を見渡しササン朝ペルシアの亡命王子卑路斯(ペーローズ)の来朝説等迫力に富み痛快ですらある。卑弥呼や神武の出自を大陸や半島に求める小林の説は説得力があるが、それでも壬申の乱解読に関してはなお議論噴出といったところだ。大海人皇子(天武天皇)の援軍として支那から四七艘の船に乗った二〇〇〇の軍勢が来朝したとするが、天武が新羅人とするなら筑紫、吉備さらには東国各地の豪族たちが圧倒的加勢することは不自然に思えてならない。しかし中東ペルシアの政治事情から大陸半島の争闘が最終的に日本に内乱を引き起こしたという巨視的な歴史観には衝撃を受けつつ納得もできる。
▼今夏から『ビッグコミック』誌で「天智と天武」の連載が始まった(原作・園村昌弘、作画・中村真理子)。漫画作者あるいは編集者に国際政治の分析力がどれ程あるかは不明だが、彼らの直観力は確かに異常なほど研ぎ澄まされている。恐らくは壬申の乱こそが今日の状況を映し出す鑑と捉えたのであろう。欧州、米大陸、アフリカといった全世界の混乱は亜細亜大陸を蹂躙し、その余波ではあるまいが皇室も不安定な状態にある。因みに御寺泉涌寺の現在の総裁は初代三笠宮崇仁親王の後を受けて平成八年から秋篠宮文仁親王殿下が二代目総裁となられている。
 騒擾の世界を離れ泉涌寺御座所庭園で足を止め暫し静寂に包まれる。濃緑を背景に鮮紅、橙、黄が見事に編み込まれ雪見灯篭も絶景を愉しんでいるかに思える。寺の空気には微塵の乱れもなく、まだ当分は世界の混迷がここに波及する雰囲気にはない。(黄不動)