常夜燈索引

                    

 アンパンマンと日本の絵本文化 
       (世界戦略情報「みち」平成25年(2672)4月1日第379号) 

▼アンパンマンを御存知だろうか。幼児の間では好く知られる圧倒的人気の存在である。世に出たのは昭和四四年だが広く知られるようになったのは昭和五〇年代のこと。当初は父母、保育園、幼稚園のみならず編集者からも難解と酷評されたが、二、三歳児から爆発的支持を得る。作者やなせたかし(柳瀬嵩)は大正八年二月生まれの九四歳。田邊製薬宣伝部在籍中の昭和一六年に召集され、大陸で漫画入り伝単制作を担当。復員後三越宣伝部を経て漫画家となるがヒット作には恵まれず、副業のデザインや舞台装置製作で活躍。『手のひらを太陽に』の作詞者としても知られる。アンパンマンを世に出したのは五〇歳の時。なぜに生を受けたかを問い掛ける『アンパンマンのマーチ』の深遠な歌詞もやなせ本人の作詞。三・一一震災後被災地を中心に熱唱され記憶される方も多いだろう。
 アンパンマンは漫画やアニメにもなったが原点は幼児絵本。平成一八年に発行部数五〇〇〇万部を超えたが、今なお毎年二〇〇万部、関連商品を含め年に一一〇〇億円以上を売り上げる。
絵本の世界は市場が広く深い。日本では『うさこちゃん』『ミッフィー』で知られるオランダ生まれの『ナインチェ・プラウス』、単純な図形で描かれた英国の『ミスターメン&リトルミス』のシリーズは共に累計一億冊超。森に住む兔の冒険譚『ピーターラビット』はシリーズ累計一億五〇〇〇万冊。第一話『ピーターラビットのおはなし』だけで四五〇〇万冊発行。テレビ映像や人形劇を通して人気を広げた『きかんしゃトーマス』の絵本は実に累計二億冊に達し、単体として販売された『二都物語』(C・ディケンズ)の書籍史上最高部数二億冊に並ぶ。世界一のベストセラーは聖書で俗に刷り部数三八〇〇億冊とされるが、聖書の多くは無料配布で販売部数ではない。
▼世界最古の児童文学賞ニューベリー賞は米国において英語で出版された児童出版物のみが対象だが非常に権威があり、受賞作は書店、図書館に並べられるだけでなく教材として多くの小学校が採用する。賞の名は児童文学の父と呼ばれるJ・ニューベリーに由来する。イングランドの農民の子に生まれたニューベリーは一八世紀中葉に絵入りの子供向け聖書を販売し大成功を収める。これが欧州最初の絵本とされるが異説もある。ニューベリーより一世紀前の一六五八年にボヘミアの教育者J・A・コメニウスが出版した『世界図絵』という絵入り事典こそ最初の絵本だともいう。『世界図絵』は初版がラテン語と独語で出版されたが数年後には英、伊、仏語等に翻訳され一九世紀迄版が重ねられた。何れにせよ欧州では絵本は宗教、教育を目的として製作されその姿勢は今日も変わりない。
▼世界最古の絵本は日本で作られた。尤も何を以て絵本とするか定義は確立されておらず、最古の絵本は特定できない。平安期の絵巻物とする説もあれば室町期に作られた奈良絵本或いは江戸初期の草双紙を最初の絵本とする説もある。どの説を採っても最古の絵本は日本製ということになる。
 現存する最古の『源氏物語絵巻』『信貴山縁起』『伴大納言絵巻』『鳥獣人物戯画』の四大絵巻は平安末期一二世紀に描かれたものだが、絵巻物自体は京に遷都した延暦一三年(七九四)には既に何冊か存在したと考えられる。奈良絵本は御伽草子等に挿絵を加えた古写本で鎌倉末期から室町、江戸初期に至る間に作られ四〇〇点余が現存。『浦島太郎』『一寸法師』等馴染みの作品が多く、素朴な泥絵具仕上げの本と、金砂子、金泥で飾った華麗な細密画との二系統に分かれるが、作者は全て不明。草子屋(版元)や扇屋が無名絵師達に依頼したと推測できる。奈良絵本の発展形として江戸中期に登場した草双紙は『桃太郎』等の幼児向け赤本、軍記や霊験記の黒本、色恋・滑稽本中心の青本からやがて大人を対象とする黄表紙へと進化する。
▼平安期の絵巻物に先行するのが八世紀に描かれた『絵因果経』で、下部に『因果経』の文字を並べ上段に絵を描く。原典は唐と推定できるが支那には同種の遺物は存在しない。これに続く平安期の絵巻物には『大江山絵巻』『玉藻前草子』等修験道或いは天台宗の広報宣伝を意図した作品も数多い。『伴大納言絵巻』『平治物語絵巻』等政治的プロパガンダを目的とした絵巻物もある。奈良絵本や江戸期の草双紙には歴史から色恋沙汰迄描かれ日本の絵本の範囲は驚く程広い。為政者や宗教或いは保護者側が意図的に作り上げた作品から御伽噺、春本に至る迄全て読者である大衆が支持したことが日本の絵本の雑多性に繋がる。アンパンマンを支持したのは読者の幼児だった。
▼なぜ日本で絵本が出現し進化発展し又そこから漫画の様に枝分かれした文化が生まれたのか。様々な説はあるが、確たる論は存在しない。ただ、日本語という特殊言語が作り上げた独特の文化であることは間違いない。旧石器、縄文、弥生、大和王権誕生まで陸続と渡来人が押し寄せるなか変化発展した言語体系こそ守り抜かねばならぬ日本文化の至宝と思われる。(黄不動)