常夜燈索引

                  

  しんかい六五〇〇の発見 
    (世界戦略情報「みち」平成25年(2673)5月15日第382号) 

▼世界規模の深海の状況、生態系等を調査する目的で、今年一月から海洋研究開発機構の大深度有人潜水調査船の「しんかい六五〇〇」が世界一周航海に出た。同船は五月六日に大西洋ブラジル沖海底で陸地だけで組成される花崗岩を発見。マスコミの多くがアトランティス大陸の痕跡を発見したかのように伝えた。アトランティスとは古代ギリシアの哲学者プラトンが著作に残した巨大な島の名で、一万二〇〇〇年前に海没したとされる。その実在を主張する者は多く、場所の特定も議論されてきたが、今回発見された陸地の痕跡はプラトンが語ったアトランティスとは全く無縁のもの。人類誕生以前の数千万年前に南大西洋に陸地が存在した可能性を示唆するものである。南北に分かれる大西洋の南側海底は未調査の海域で、今回の調査により大西洋二億年の歴史だけでなく、五〇〇万年前まで隔絶されていた南北アメリカ大陸を結び付けたマントル対流の力量や方向が確認されると期待される。
 しんかい六五〇〇は大深度調査船として三菱重工神戸造船所で製作され、平成元年一月に進水、同年八月に潜行深度六五二七メートルという世界最深記録を達成。この記録は二〇一二年六月に支那の蛟龍号が七〇二〇メートルという記録を出すまで世界一だった。しんかい六五〇〇の建造目的は、海底プレート調査により地震予知に関する重点観測を行なうことにあった。日本海溝に沈み込む太平洋側海底プレートは六二〇〇メートル付近で曲がり始める。昭和五六年から大深度調査を行なってきたしんかい二〇〇〇は、名前の示す通り二〇〇〇メートルまでしか潜れない。海底プレートの曲がり始める地点観測のためには六二〇〇メートル超まで潜れる調査船が必要だったのだ。
▼潜水艦とは潜航可能な軍艦であり、しんかいのような潜水調査船とは性質が全く異なる。それでいながら日本初の潜水調査船しんかいは旧帝国海軍の技術の粋を集め、海軍潜水艦を建造し続けた川崎重工で製作され、昭和四四年に海上保安庁に引き渡された。しんかいは海保が所有した唯一の潜水艇で、実用深度六〇〇メートルは当時としては最高水準にあった。
 軍艦である潜水艦にとって被探知率を減少させる最大深度は極めて重要。現役艦の性能は軍事機密ではあるが、軍事専門誌等に記載される数字はかなり正確と考えてよい。海自の現役艦おやしお級で実用最大深度六五〇メートル。米原潜オハイオ級の推定最大深度三〇〇メートル、シーウルフ級六一〇メートル、ロシア(旧ソ連)タイフーン級で四〇〇メートルなどと比して海自の潜水艦は胸を張れる深度である。潜航し隠密行動をとる潜水艦を捕捉するには超音波探信儀(ソナー)や赤外線探査、磁気探知等が用いられるが、最も有効な手段は原始的とも思える対潜哨戒機による目視だ。ただし目視は水深一〇〇~一二〇メートルが限度とされ、これを超える深海に潜む潜水艦を探知することは至難の業だという。
▼東西冷戦の折り、米ソ両国の間には核相互抑止力が働いたとされる。もし、米国がソ連の都市や基地など数十ヶ所を同時核攻撃したと仮定しよう。ソ連はこの攻撃で壊滅するが、オホーツク海に潜っていたソ連タイフーン級戦略重ミサイル原潜三艦から米国全土数十ヶ所に核ミサイルが発射され、米国も壊滅してしまう。核攻撃により双方が壊滅することは明白であり、これが抑止力となったと説明される。では今日、米中間に相互抑止力は働くだろうか。答えは否だ。なぜか。冷戦当時のソ連原潜はオホーツク海で息を潜めていたが、支那が誇る核ミサイル搭載の通常型清級潜水艦が潜むべき海は存在しないからだ。オホーツク海の平均水深は八〇〇メートル。タイフーン級原潜はどこにでも潜むことが可能であった。だが、東支那海の平均水深は一〇〇~二〇〇メートル。冷戦時代のオホーツク海に匹敵する隠れ家は南沙諸島海域にしかない。三年前から支那がこの海域を「核心的利益」と称している理由はここにあると考えられる。
▼東西冷戦時代と今日で大きく異なるのがミサイル迎撃システムの高度化である。核ミサイルを葬り去る電磁パルス兵器完成との情報もあるが噂の域を出ない。発射時刻と場所が限定されていればレーザーで破壊することも可能。だが最も頼れるのは核ミサイル発射直後に日米イージス艦標準装備のSM3迎撃ミサイルで撃墜すること。SM3迎撃システムも数種あるが日米共同開発のブロックⅡは開発者自身が百発百中と豪語する。
 南沙諸島付近深海に潜航中の潜水艦が放つ核ミサイルはマーブ(MIRV)機能を持っており、大気圏再突入時に一弾が一〇弾に分裂しそれぞれ別個の目標に向かう。一艦から一〇弾が発射され最終的には一〇〇弾に分裂する。支那の清級潜水艦三艦から米国に向かって発射される核ミサイルは最短距離を飛ぶが、そのコースは南沙諸島から尖閣諸島、竹島上空を通過する。昨今俄に喧しい領土問題の深奥に、かかる軍事問題が絡んでいることをわれわれは胆に銘ずべきである。(黄不動)