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  第二次世界的日本心酔ブーム 
        (世界戦略情報「みち」平成25年(2673)9月1日第388号) 

▼日本貿易振興機構が米中仏等海外七ヶ国で行なった食の消費者調査結果が今年三月に発表された。それによるとフレンチやイタリアン、中華を抜いて日本食が人気第一位。日本の食が世界的に高評価されている証である。海外で日本食を出す料理店は戦前からあったが、現地在住者や旅行中の日本人を客とする店だった。日本食が世界的人気となった火付役は昭和四八年に米国西海岸で出された寿司で、殊にカリフォルニアの東京会館で日本人の寿司職人が創作したカリフォルニア・ロールが圧倒的な人気を博したという。このお陰で寿司は忽ち米国で人気となり、一九八〇年代末期に全米に広がった。同時期に仏国でも寿司を出す店が登場。健康的でお洒落と評価され当初は医者や映画監督、芸術関係者といった高額所得者たちが客層の中心だった。一九九〇年代に入ると食文化に疎い英国にも回転寿司が登場、間もなく印度料理、イタリアンを抜き英国外食産業の中心的存在となった。現在では寿司は欧米人に欠かせない食となりつつある。
 初めは寿司だけが人気だったが、最近はあらゆる種類の日本食が世界中で持て囃されている。照焼き、カツ丼、ラーメンに始まり、蕎麦や豆腐料理、筑前煮などの野菜の煮物、焼魚や懐石料理まで出回っている。米政府は一九七七年に『マクガバン・レポート』(食生活改善報告書)を発表し、脂肪分の摂取を減らし蛋白質や炭水化物を多く摂ることを指導し始めた。医療費削減が財政赤字縮小に繋がるとの思惑だが、これが日本食ブームに拍車をかけた。最近では露国や印度等、日本食とは縁がなさそうな国々で日本食が大人気だが、メイド・イン・ジャパンが持て囃されているのは食だけではない。
▼コスプレしたメイドが「お帰りなさいませ御主人さま」と応対する奇妙な形式の喫茶店が秋葉原に誕生したのは平成一〇年のこと。これを素直に日本文化と受け取れない方々も多かろうが、そのメイドカフェが海外で大人気だ。最初は平成一八年に、日本のサブカルチャーを集めた催し物がパリで開催されたとき、漫画やアニメの延長として登場したという。翌年にはシャンゼリゼのレストランが客寄せの一環としてメイドカフェを開店、以降仏国に限らず欧州各国に多数の店が出現している。平成二〇年にはロス市郊外に米国初のメイドカフェが登場するや忽ち全米各地に飛火し、挙句にカナダにまで多数の店舗が生まれている。現在では香港、シンガポール、クアラルンプールなどアジアにも拡大中だ。
 仏国の女の子たちが日本語で「可愛い!」といい、ニューヨークの若者が袢纏を羽織って悦に入り、漢字が書かれたジャンパーを得意気に着る。部屋に障子や畳を使うこともお洒落とされ、少女グループのAKBまでが大人気。イタリアには大学に世界初の盆栽学科が登場し、盆栽専門学校もあるという。欧州のサッカー界や米大リーグで日本人選手が活躍する機会が増えたことも手伝い、現在は第二のジャポニスムの時代といわれる。
▼東洋や中近東に比して文化的発展が遅れた欧州では、一五、六世紀のルネサンスに続いて一八世紀から一九世紀初頭にかけて産業・市民・哲学の三大革命が吹き荒れ意識改革が始まり、最後にジャポニスム(日本心酔運動)が仕上げを行なった。ジャポニスムは半世紀以上も続き、単なる文化的潮流等とは異なる大変革の嵐となったが、その評価は日本では低い。女性の多くが目の色を変えて買い求めるブランド品にしても日本の家紋や市松模様から生まれたもの。マネ、モネ、ルノアール、ゴッホ、ゴーギャン、ロートレック、ドガ、クリムト等この時代を生きた画家たちが日本の芸術から深く影響を受け、貪欲に盗み取った構図や技法は限りない。最も日本に心酔したとされるゴッホは浮世絵を四〇〇点以上購入し、「芸術が支配する王国」と呼んで日本を崇拝した。ゴッホの日本心酔は病的で、次のように誤解も多かった。

「日本人は本能的にコントラストを求め、甘い唐辛子、塩辛い砂糖菓子、油で揚げたアイスクリーム、塩辛いフライを食べるのだ」

 一九世紀のジャポニスムは美術や日用品に影響を与えただけではない。欧米精神の奥底に甚大な意識変革を齎した。だが、明治維新による日本の欧米化はジャポニスムを急激に頽勢させ、日本の近代化・強国化は可愛さ余って憎さ百倍のような雰囲気を欧米各国に誘発するに至った。
▼ゴッホ期の欧米人の心を揺り動かし、今また全世界の庶民階級を魅惑する日本人の精神とは何か。孫子の兵法に「知彼知己者百戦不殆」(第三篇「謀攻」)がある。敵を知り己を知れば百戦して危うからずと意訳されているこの名言を再度噛み締める必要がある。
 環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉会合がブルネイで行なわれたが、実体が全く不透明なまま年内妥結を目指すという。首相も閣僚も本質を理解できず、まして国民は何も知らされず不安の闇に恐怖を募らせる。この時期に第二次ジャポニスムが巻き起こっているのは神意だろうか。(黄不動)