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  ノストラダムス──未成就の予言 
        (世界戦略情報「みち」平成25年(2673)10月1日第390号) 

▼五島勉がノストラダムスの予言詩集に取り憑かれたのは次の詩に巡り合ったことによる。

女が船に乗って空を飛ぶ
それから間もなく一人の偉大な王がドルスで殺される

 テレシコワが女性初の宇宙飛行士になったのは一九六三年六月。その年の一一月にダラスでケネディが暗殺された。五島は一〇年後の昭和四八年『ノストラダムスの大予言』を世に出し、これが僅か三ヶ月で一〇〇万部超、最終的に二五〇万部という話題作になった。「一九九九の年七の月」に人類が滅亡するという予言詩は強烈な衝戟(しようげき)を世に与え、多くが震慴(しんしよう)した。五島はその後も一〇冊以上のノストラダムス本を出版したが何れも大当たりした。
 二冊目のノストラダムス本を刊行した直後に五島勉氏と会い話を伺った。山師のような風体を想像していたが全く逆で、繊細で羸弱(るいじやく)な学者のような雰囲気を持つ人物。以来三〇年余、賀状の交換と時に近況を報告しあう関係が続いている。一九九九年を無事に越えた時点で「責任を取れ」といった脅迫紛いの誹謗中傷が後を絶たず、心身を消耗されたと聞く。
▼滅亡予言を越え二一世紀に入り、多くはノストラダムスの名すら忘れかけている。然しノストラダムスの万斛(ばんこく)の予言詩は驚くほど正確に未来を的中させており、今なお僅かだが熱烈な信奉者を抱える。有名な滅亡予言にしても「空から恐怖の大王が降りてくる」という記述は滅亡を指すものではないとの説は強かった。一九九九年七月に関しては、一九九九年と七ヶ月という意味で二〇〇〇年を指すとか、予言詩の章・節番号から二〇〇一年を意味するとか、事前に公表された限りでも五、六種の解読がある。陰暦七月が現在の八月中旬から九月中旬を指すことは殆どの研究者の一致する処。これを九一一同時テロの予言と読み解き、その後の対テロ戦予言だったと説く者もいる。
 事件が起きた後になって予言詩との整合性を追究する手法に疑問を呈する者も多いが、予言詩の構造解読の鍵は此処に潜む。五島勉はノストラダムスがカバラ研究の習熟者であり、聖書預言の最終走者と看破したが、ノストラダムス解読法はユダヤ教やキリスト教預言解読に繋がる。
▼沈没する船から鼠が脱出するとか、蟷螂(かまきり)が樹の高みに卵を産みつけた年には洪水が起きる等、生物の予知能力は古来知られている。一九〇二年に仏領西印度諸島のプレー火山が噴火した際、三万人の死者と一匹の猫の死骸が見つかったとの伝説がある。現実の死者数は二万数千以上四万人ともいわれ、遺体の判別も困難で家畜がどれ程被害に遭ったか不明。伝説では島の動物は全て脱出し、逃げ損ねた一匹の猫が被害に遭ったという。この物語は多分に脚色されているが、動物に予知能力が備わっている実例は枚挙に暇がない。
 経済に循環性があるという説は広く知られ、五〇年周期を説く「コンドラチェフの波」は今日の世界経済分析によく使われる。歴史の周期性に関する科学的学説も数多く、東京五輪開催の二〇二〇年が混乱の頂点と分析する政治学者もいる。事件の反復性にも予言が秘められるとする説もある。例えばリンカーンとケネディの暗殺に関して、両者には驚く迄の共通点がある。議員当選時、大統領就任時が一〇〇年違い。副大統領は共にジョンソンで、その生年は一〇〇年違い。暗殺者の生年も一〇〇年差。リンカーンの秘書の名はケネディで、ケネディの秘書はリンカーン等々。
 動物的予知能力、政治、経済、事件の周期性、循環性、反復性。此処にカバラの秘儀が加わって誕生したのがノストラダムスの予言だと五島勉はいう。父母共に代々東欧系ユダヤ人だったノストラダムス。アシュケナージだった彼が如何にしてカバラの奥義を習得したのか。予言詩を読む限り、ノストラダムスは聖書の預言者と同様に未来を幻視、霊視したと考えられるが、何故ユダヤ教キリスト教の預言者は視覚情報として未来を得るのか。幾つかの仮説は立つが真相を掴む手掛かりはない。
▼ユダヤ教一九の預言書、新約の福音書、書簡、黙示録を読む限り最終的に裁きの時を迎える事になっている。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の預言書は一致して終末戦争が起こると説く。時期が明示された書はないが二〇世紀末から現在にかけてのこの時期こそ終末の刻のように思われる。偽書説が強いものの根強く支持される『聖マラキの預言』も今が最後の法王だとしている。然しこれは飽く迄も一神教の世界の物語であり、人類滅亡を語るものではない。
 ノストラダムスの予言詩の中で未だ成就されていないものがある。第一章四節の詩だ。「世界に一人の君主が生まれる/これにより平和な生活が長期間維持される/魚釣りの小舟が見えなくなるとき/強大な威厳が失われた中で統治される」
 二一世紀前半と読み取れる詩に共和制ではなく君主が登場する異常さは予てから指摘されてきた。この予言詩は日本の天皇が世界天皇として君臨することを意味するのか。 (黄不動)