常夜燈 常夜燈索引

                  

  日朝蒙を結ぶ大動脈 
 (世界戦略情報「みち」平成25年(2673)11月1日第392号) 

▼一二歳年上の先輩が亡くなった。酒場で知り合い、野球、相撲談議で親交を深め、亜細亜古代史で愈々親密になった。同じ酉年生まれという偶合もあったが、幅広い知識人で文化史に詳しく何より穏やかな人柄に魅かれた。然し思想の左右は如何とも越え難く、緩徐疎遠になりここ暫くは無沙汰をしていた。その先輩が入院し回復の目途がないと報され、その時初めて彼が大新聞社の部長迄務めた人間と知った。
 病室で先輩は明るく、幼少時代から一二歳迄過ごした町を懐かしみ、桜の咲き誇る神社をもう一度参拝したかったと語る。来春には必ず見られますと応じた処、当の神社は既に無く桜樹も消えたと顔に寂しさが溢れる。少年時代を過ごした町が雄基(ゆうき)という名だったことを聞き、彼が引揚者だった事に初めて気付いた。
 金日成率いる朝鮮人民革命軍が昭和二〇年八月一二日に雄基に上陸し、朝鮮全土に進軍を開始したという創作物語がある。故に雄基は町の名を先鋒市と変え、現在は羅津(ラジン)市と合併した羅先(ラソン)特別区の一部となっている。昭和一一年に満鉄が雄基・羅津を結ぶ雄羅(ゆうら)鉄道を敷設し、日本と満洲を結ぶ最短路が完成。国境の軍事都市・雄基は大賑わいとなった。先輩が折りに北朝鮮を擁護する発言をした背後には、幼少時に過ごした雄基の街並へ寄せる欽慕の念があったのかもしれない。
▼北朝鮮に対する感情は其々相応の差がある。大日本帝国の残置国家、資源大国として、ある種の憧れを抱く者もいれば、拉致被害者家族の多くは忿怒、鬱屈の中にある。苦境に立つのは在日朝鮮人の人々だ。平成一八年以降北朝鮮との物流は様々な形で禁止され、万景峰号での祖国訪問を快事としてきた在日の多くは長らく故郷の地を踏んでいない。
 新潟―元山間の渡航が禁止された定員三五〇名の客船万景峰号は、現在観光船として羅津―金剛山間を運航中。かつて元山港に長期停泊中だった万景峰号を見て、国防副委員長の張成沢(チヤンソンテク)は「支那と共和国を結ぶ航路に就かせ船内でカジノを開いたらどうか」と提案したという。支那人の賭博好きを北朝鮮観光への足掛かりにしようとする発案だったが、これに在日朝鮮総聯の許宗萬(ホジヨンマン)議長が激怒した。「総聯の血と汗の結晶をギャンブル船にすることは断じて許されない」。万景峰号の運航再開を願う在日の悲願は路が遠い。仮に制裁解除となっても万景峰号の日本航路就航は不可能と考えられる。国際海事機関条約に違反する有機錫を船底塗料として使用しているためだ。
▼設立当初、労働党統一戦線部の指揮下にあった在日朝鮮総聯はその後長らく対外連絡部の下部組織に繰り込まれていた。対外連絡部は後に二二五号室と名を変えた部署で、基本はテロ、暗殺、誘拐、騒擾等の実行部隊。その下部組織であった事から考え、総聯が拉致に密接に関係し実行犯そのものだった可能性は極めて高い。
 北朝鮮のアリラン祭や建国記念日、労働党創設記念日には世界各地から一時帰国した人々が平壌に集結する。制裁措置で日本からの訪問者は激減したが、それでも毎年数千人が祖国を訪れる。祖国訪問者が日本に戻る前日には対外連絡部(二二五号室)の姜周一(カンジユイル)部長が檄を飛ばすのが恒例だったが、今年は金養建(キムヤンゴン)・統一戦線部部長が挨拶をした。資金提供力が減少した在日朝鮮総聯の発言力が低下し、それが二二五号室の権力低下に繋がったとの見方があるが、単に姜周一が病気療養中との説もある。謎に包まれた北朝鮮の党と軍の内部事情は全く不明だが、今秋以降の動きは単純なものではない。労働党の作戦部と情報部を党籍から外し偵察総局に繰り入れ、組織局、宣伝文化局、並列する文化担当常任委を置く等、党・軍とも大幅な構造改革、人事刷新を行なっている。北朝鮮内部が激変していることは確かだ。
▼今春、朝鮮総聯本部ビルの土地建物を落札した池口恵観が資金調達不能を理由に購入を辞退。一〇月一七日の再落札ではモンゴルのアバール社が五〇億一〇〇〇万円という破格値で落札した。然し地裁審査は保留とされ、ア社に売却されるか否かは不透明だ。
 昨秋モンゴルで日朝協議が開催され、今年三月には安倍首相が訪蒙。四月に拉致対の三谷事務局長、七月に古屋拉致問題担当相も訪蒙。九月には蒙首相と大統領が相次いで来日。蒙朝の関係は以前から密接で、序列第二位の金永南が訪蒙した二〇〇七年には海上運輸協定を締結し、昨年一一月には蒙大統領が羅津港の借入を要請。今年六月には蒙製油会社が北朝鮮の製油会社の株を取得、七月と九月にモンゴル政府要人が訪朝、一〇月末には大統領も訪朝している。
 海のないモンゴルにとって日本海に面した羅津港が使用できれば貿易ルートは一気に拡大する。羅津港の三埠頭の一つは支那に一つはロシアに全面貸与されているが、韓国向けに使用されていた第二埠頭は閑散とした状況。日本から満蒙への最短路として建設された雄羅鉄道が日朝蒙三国を結ぶ大動脈となる日が待ち遠しい。
(黄不動)